静岡新聞 時評(2004年8月24日)

避けられぬ大地震との共生

  視点を変え「恵み」の考察を

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 世界有数の地震帯に位置する日本において,大地震の発生は未来永劫避けられぬ宿命と言ってもよい.これゆえ地震を敵視して対決姿勢をとるだけでは,つらくて長い時間が待ち受ける結果となる.地震という名の自然現象と共生していくためには視点を変え,地震が人間社会に与えている恵みは何なのかを,あえて考えてみるとよい.
 たしかに地震のゆれ自体に恵みを見いだすことは難しい.このことは,例えば火砕流などの火山現象自体にも恵みはなく,巻き込まれたら一巻の終わりである点に似ている.しかしながら,長い目で見れば火砕流や溶岩流は谷や海を埋め立て,広くなだらかな平野や高原を人間社会にもたらしてきた.時には川をせき止め,富士五湖や芦ノ湖などの美しい湖を誕生させた.冷え固まった溶岩流は,豊かな雪解け水を麓へと運ぶ通路になっている.火山の恵みの存在は誰の目にも明らかである.
 それでは長い目でみた地震の恵みは何だろうか?大地震は,広い範囲で土地の隆起や沈降をもたらす.1回の変動量は高々数mであるが,同じ変動が地震のたびに何度も繰り返されるため,隆起する場所には台地や山脈が,沈降する場所には盆地・平野・湖・入江が徐々に形成されていく.たとえば,京都盆地,琵琶湖,松本盆地など,本来は海から遠く隔たった場所に広大な低地ができたのはこのためである.
 同様にして,東海地震も静岡県の地形に大きな彩りを与えてきた.東海地震のたびに隆起する場所には牧ノ原台地,日本平などの高台ができ,沈降する場所には駿河湾や浜名湖が作られた.つまり,静岡県を代表する茶,ミカン,鰻などの特産物は,東海地震がつくった土地の起伏によって育まれたと言ってよいものなのである.
 一方,内陸地震の巣として知られる活断層は,険しい山地の中に直線状の谷間をつくることが多く,それらは古くから交通路として利用されてきた.たとえば,京都東山の麓から若狭湾にかけて花折(はなおれ)断層という活断層が通っているが,この断層がつくった谷間に沿って日本海の海産物を運ぶ若狭街道が栄え,京都の食文化を育てた.
 これらの例からわかるように,地震がもたらす災害と恵みは,火山の場合と同じく,表裏一体で不可分の関係にある.このことに気づかないと,震災は単なる不条理でしかなく,防災にも重苦しさがつきまとう.この真理を正しくわきまえてこそ,大地震と人間社会の共生をさぐる新たな道筋が見えてくるのではないだろうか.


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