静岡新聞 時評(2026年5月20日)
小山真人(静岡大学名誉教授)
内閣府が昨夏と今春に「富士山の大規模噴火と広域降灰の影響」、「富士山の大規模噴火と広域降灰への対策」という2つの啓発動画を公開し、NHKも今春、「富士山大噴火 迫る“灰色の悪夢”」というドラマ仕立ての特集番組を放送した。これらの情報発信は、富士山噴火の切迫性が増したためではなく、今世紀初めから続く一連の噴火対策の流れを受けたものである。
富士山の火山ハザードマップは2004年に初版が公開され、21年に改定された。これを受けて住民の避難計画も15年に整備され、23年に改定された。しかし、避難計画の対象は、溶岩流や火砕流などの深刻な現象に直面する富士山麓の住民と観光客であり、首都圏を含む広域に影響を及ぼしかねない火山灰や小さな噴石への対策が未整備であった。
そこで国は20年に公表した報告書で火山灰の物理的・社会的影響を克明に描き出すとともに、その内容に基づいて昨年3月に「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」を発表し、富士山麓以外も含む広い範囲での降灰対策の整備を促した。冒頭に述べた動画と番組は、この報告書とガイドラインの中身を普及・啓発するためのものである。
このため動画と番組の中身は、富士山が大規模かつ爆発的な噴火を起こした場合に首都圏で生じうる広域降灰の影響と対策に偏っている。例えば、内閣府の最初の動画は冒頭にさまざまな噴火現象を説明するが、山麓での被害や避難対策について何も語っていない。またNHKの番組は末尾で山麓の溶岩流被害を例示してはいるが、付け足しの感が否めない。動画や番組の全体テーマは、あくまで火山灰の影響と対策である。
確かに広域降灰は影響範囲が広く、物流やライフラインの遮断によって首都機能が不全となるリスクを抱えるため、国としては重要な課題である。しかし、本県東部を含む富士山麓の住民が最も重視すべきは、溶岩流・火砕流・大きな噴石・融雪型火山泥流・降灰後土石流などの、立ち退き避難が必須の致命的な現象に対する避難計画である。よほど厚く積もらない限り、当面の屋内退避で人体への被害を避けられる小さな噴石と降灰は、対策すべきではあるが最重要な現象ではない。火山灰を過剰に恐れるあまりに、より危険な現象に対する対策と避難をおろそかにしてはならない。