静岡新聞 時評(2025年11月5日)

南海トラフ地震の発生確率

 低い数値併記 理由知って

小山真人(静岡大学名誉教授)

本年9月に政府の地震調査委員会が今後30年以内の南海トラフ地震の発生確率を見直し、従来と同様の高い数値「60〜90%」に加え、低い数値「20〜50%」も初めて示した。低い数値がなぜ併記されたのか解説しておきたい。

2つの数値は計算手法が異なる。高い方の数値は「時間予測モデル」という考え方に従って計算された。地震を起こした断層のずれの量が大きいほど、次の地震までの間隔が長くなるとみなす考え方である。つまり、ずれの量がわかれば次の地震の発生時期が予測できる。ずれの量は地震に伴う地表の隆起量から推定可能であり、高知県・室戸岬近くの室津港での過去3回の南海トラフ地震(1707年宝永地震、1854年安政地震、1946年昭和南海地震)後の水深計測データが決め手となっていた。

一方、低い方の数値は過去の地震の発生間隔から計算されたものである。南海トラフ地震は、飛鳥時代の684年から現在まで少なくとも9回の発生記録が残っており、室津港の水深が記録される以前の1605年(ただし別地域の地震説あり)、1498年、1361年、1096年、887年にも発生したことがわかっている。これらの発生間隔は約90年から200年とばらつくが、次の地震の発生時期を大まかに見積もることができる。なお、南海トラフ以外の地震の発生確率は、この方法で計算されている。

つまり、どちらの計算手法もまず次の南海トラフ地震の発生時期を予測し、そこから統計的な手法によって現時点から向こう30年間の発生確率を求めている点で変わりはない。時間予測モデルで求めた確率が高いのは、発生間隔がばらつく原因を断層のずれ量の違いとみなして、より精度よく次の発生時期を予測したからに他ならない。

こう書くと時間予測モデルに基づいた確率の方が確からしいように見えるが、落とし穴がある。そう考える根拠が室津港1箇所のデータしかなく、しかもその水深データの信頼性に疑いをはさむ研究成果もある。さらに最近3回の地震に関連する水深データしかないため、たまたま時間予測モデルが成り立つように見える疑いも否定できない。こうした批判の声が強まってきたため、時間予測モデルに基づく確率に加え、過去の地震の発生時期と間隔から推定した確率の併記に踏み切ったのである。


 

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