静岡新聞 時評(2025年5月15日)
小山真人(静岡大学名誉教授)
気象庁が導入を目指す火山灰警報・注意報の意義と問題点を整理しておきたい。火山災害リスクのある自治体は、活動火山対策特別措置法(活火山法)に基づいて火山災害警戒地域として指定され、ハザードマップや避難計画の整備が求められている。ある時点の火山の危険度は気象庁が定める5段階の噴火警戒レベルによって表現され、レベルの上昇は噴火警報によって発表される。それを受けて自治体は危険範囲内の住民や観光客を避難させる。
ところが大規模かつ爆発的な噴火が生じた場合、火山災害警戒地域以外の自治体にも襲いかかる噴火現象がある。火山灰と火山礫(れき)の落下である。どちらも火口から風下にたなびく噴煙に含まれる岩のかけらが地上に落下する現象であり、火山灰は直径2ミリ以下、火山礫は同2〜64ミリとの国際的な定義がある(同64ミリ以上は火山岩塊)。気象庁は火山礫を「小さな噴石」、火山岩塊を「大きな噴石」と呼ぶが、両者の境界の直径を明確に定めていない。火山礫は場合によっては時速100キロを超える速度で地表に降り注ぐため、屋内退避が鉄則である。しかしながら、火山礫の危険範囲を示したハザードマップがきちんと描かれていないこともあって、火山礫に対する警戒心が抜け落ちやすい。
気象庁は火山灰と火山礫の落下危険についての情報を「降灰予報」として発表している。しかし、「降灰」は火山灰の降下を意味するので、本来ならば「降灰・降礫予報」などとすべきであって名称に矛盾がある。その上、火山灰の厚さについては1ミリ以上を「多量」として一括、火山礫については降下範囲のみが発表される。つまり、真に重大な降灰や降礫を警告する機能を有していない。
こうした欠点を持つ降灰予報の高度化を目指すのが火山灰警報・注意報であるが、現行の導入案は厚さ区分を改善しただけで、名称の矛盾を放置し、結果として火山礫への注意不足を招いている。また、火山災害警戒地域にとっては噴火警報との重複によって情報が複雑かつ難解となり、噴火警報の緊急性や重大性が薄れかねない。よって火山灰・火山礫に対する新たな予測情報を警報・注意報として設けるのではなく、従来の噴火警報に組み込んだ形で発表し、それに応じた対策を火山災害警戒地域以外の自治体も用意しておくことが望ましい。