静岡新聞 時評(2025年2月19日)
小山真人(静岡大学名誉教授)
昨年8月のマグニチュード(M)7.1の日向灘の地震に伴って気象庁から南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」が発表され、1週間の注意が呼びかけられた。その根拠は、過去120年間に世界中で発生した地震のリストである。ここからM8級同士の連発(南海トラフ地震の「半割れケース」相当)と、M7級→M8級の連発(南海トラフ地震の「一部割れケース」相当)の発生確率を計算した結果、前者は約6分の1、後者は約100分の1の確率で先発地震から3年以内に近隣地域で後発地震が生じていた。
この半割れケースの確率は十分に高いので、M8級地震が起きた時点で後発地震への警戒を呼びかける「巨大地震警戒」の臨時情報が出される一方、一部割れケースの確率はそれほど高くないので「巨大地震注意」の臨時情報となる。どちらのケースでも後発地震は先発地震の直後に起きた例が多く、時間とともにその確率が減る傾向を示す。このため先発地震直後の対応が肝要だが、社会生活を制限する措置は自治体へのアンケートを基に1週間を限度とすることになった。
この臨時情報のシステムに対して専門家からさまざまな批判や疑問の声が出されている。時間とともに後発地震の発生確率が減る傾向が本当なら(余震混入による見かけの減少を疑う意見もある)、先発地震がM8級と判明した時点で評価検討会の結論を待たずに即刻「巨大地震警戒」を発表すべきだが、現状は判定までに時間をかけ過ぎている。そもそも根拠となった地震リストには肝心の南海トラフ地震が1事例(1940年代の東南海地震と南海地震の連発)しか含まれていない。近世以前の発生事例も考慮すれば半割れケースの確率がさらに高まる点も指摘されている。いずれにしろ1週間後に突然確率が下がるわけではないので、その後も何らかの措置の継続が必要だろう。
一方で、日向灘でのM7級地震は数年から数十年に1度発生してきたが、南海トラフ地震の先発地震となった確かな例は知られておらず、日向灘で地震が起きるたびに巨大地震注意の空振り≠ェ山積みとなりかねない。近世以前の日向灘地震に関しては発生史研究の遅れも目立つ。
要するに南海トラフ地震臨時情報は、「巨大地震警戒」については過小評価、「巨大地震注意」については過大評価が疑われる。このような背景を十分理解した上で向き合ってほしい。