静岡新聞 時評(2024年11月19日)
小山真人(静岡大学名誉教授)
気象庁が御嶽山の噴火警戒レベルを1のまま据え置いたことで結果的に63人の死者・行方不明者が出たとして、遺族らが国と長野県を相手取って起こした国家賠償請求訴訟。その控訴審判決が10月21日に下された。2022年の一審判決は原告の主張の一部を受け入れ、気象庁の警戒レベル据え置きは「合理性に欠けて違法」と認定した。しかし、違法とされた対応の時点でレベルを2に上げたとしても、火口周辺への立ち入り規制が確実に間に合ったとは言い切れないとして請求を棄却し、原告側が敗訴となった。
控訴審において原告側は、立ち入り規制が実施されるまでの時間を検証し、噴火前に実施できたと主張した。しかし判決はこの点に触れないまま、一転して気象庁の当時の対応すべてに職務上の注意義務違反を認めず、違法性がないとして控訴を棄却した。
筆者は、違法性があったか否かはともかく、当時の気象庁が不注意であったことは間違いないと考えている。噴火から10年を経過した現在においても噴火予知技術は未熟なままであり、噴火警戒レベルの信頼性は低い。ましてや観測の体制や実績の乏しい御嶽山での2008年からの警戒レベル導入は時期尚早であった。そうした状況でありながら、気象庁は現地に観測増強のための機動観測班すら派遣しないまま、レベル1に据え置いてしまった。
この失敗を教訓として気象庁は御嶽山を含む各火山の警戒レベル判定基準の改定に取り組んではいるが、現在もなお的中率などのレベルの信頼性に関する公的な検証を実施していない。同じ気象庁の中で、線状降水帯の予報の的中率を細かく検証し、結果を公表していることと対照的である。一方で噴火警戒レベルは日本各地の活火山の避難計画と一体化され、自治体の防災対応がレベルごとに細かくひも付けられている。
こうした状況を考えると、気象庁を全面的に免責した今回の判決が日本の火山防災に与える悪影響が心配である。今後も気象庁がどの火山で警戒レベルの判断を誤って犠牲者が出たとしても、その責任を原則として問えないことになる。そうなればレベルを信じた結果生じた損失の責任は誰がとるのか。気象庁は噴火警戒レベルの早急な検証を実施してその信頼性の低さを明確にすべきであり、火山麓の自治体にはレベルの数字に全面依拠しない柔軟な防災対応を望みたい。