静岡新聞 時評(2024年8月22日)

南海トラフ地震臨時情報

 過度な対応慎み 冷静に

小山真人(静岡大学名誉教授)

今月8日に発生した日向灘の地震(マグニチュード(M)7.1)に伴い、気象庁から南海トラフ地震臨時情報が初めて発表され、後追いで発生するかもしれない巨大地震への注意が呼びかけられた。この情報は、(1)M8クラスの地震が東海側あるいは南海側の想定震源域で発生し、片側が割れ残った場合(半割れケース)、(2)M7クラスの地震が想定震源域内かその周辺で起きた場合(一部割れケース)、(3)想定震源断層の一部がすべり始めたことを示す顕著な変化が観測された場合(ゆっくりすべりケース)のいずれかに該当した場合に発表される。半割れケースでは情報の名称に「巨大地震警戒」、残る2ケースでは「巨大地震注意」のラベルが付される。今回は一部割れケースなので後者となった。

半割れケースと一部割れケースでは、後発する巨大地震の発生リスクに大きな差がある。1904年以降に起きた国内外の同種の事例をひもとけば、3年以内に実際に巨大地震が発生したのは、半割れケースでは103事例中17事例(つまり約1/6)に対し、一部割れケースでは1437事例中14事例(つまり約1/100)に過ぎない。よってこの確率の大小に応じて防災対応が異なるのは当然であり、とくに一部割れケースにおいて生活や業務に支障が出るような過度な対応は慎まなければならない。しかし、今回は情報の意味や対策の周知と理解が不十分であったためか、行き過ぎた対応や混乱が散見された。

内閣府が公表したガイドラインでは、半割れ・一部割れケースともに日頃からの地震への備えの再確認や、地震発生に注意した行動をとった上で日常生活や事業を継続することになっている。これに加えて、半割れケースでは「住民事前避難対象地域内での明らかに生命に危険が及ぶ活動等に対しては、それを回避する措置を実施する」としている。津波や土砂災害の発生後の避難が難しい地域がこれにあたる。また、時間とともに地震発生確率が低下することと、社会的な受忍の限度を考慮して、防災対応をとる期間を1週間としている。過去のケースでは後発する地震発生までの期間が1週間どころか2年を超えたこともあるので、やむをえない措置である。関係機関や住民はこのガイドラインを参照し、適切なリスク認識と冷静な行動をとるよう心がけてほしい。

 


 

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