静岡新聞 時評(2024年2月28日)

能登で生じた地震隆起

 かつて県内も 対策柔軟に

小山真人(静岡大学未来社会デザイン機構教授)

ことし元日の能登半島地震に伴って4mに達する大地の隆起が生じたため、いくつかの港が使用不能になった。一般に、地震の原因となる地下の震源断層が上下に食い違う時、はね上がった側の広い範囲に隆起が生じることがある。

地震隆起とそれに伴う港の被害は、かつて県内でも生じてきた。有名な例としては、巴川の河口付近にあった当時の清水港が1854年安政東海地震で隆起したため、水深や水路幅が減少する被害を受けたことが絵図や文書に書き残されている。こうした港の被害は清水付近にとどまらず、駿河湾奥から御前崎を経て浜松付近にも及んだ。

これを教訓として静岡県は南海トラフ地震に伴う隆起がもたらす港湾施設や海上交通の被害を想定しているが、その周知は十分だろうか。港湾や漁業の関係者は、地震の揺れや津波だけでなく、隆起も想定した対策を確認してほしい。

安政東海地震時の隆起パターンは比較的単純かつ隆起量も1〜3m程度であったが、震源断層が分岐した場合には局地的にさらに大きな隆起もありえる。また、南海トラフ地震による隆起を免れてきた伊豆半島沿岸でも、相模トラフで関東地震が起きた場合や、沿岸付近の海底活断層が動いた場合には、局地的な隆起が生じうることを承知していてほしい。

地震隆起の結果は悪いことばかりではない。隆起すれば防潮堤の高さも増すために津波被害が軽減され、海だった場所に新たな陸地も生まれる。実際に、安政東海地震で隆起した清水付近や、能登半島地震での半島北岸の津波被害は周囲よりも小さくなり、海岸沿いに新しい土地が誕生した。かつて興津―由比間の旧東海道は山越えの難所であったが、安政東海地震の時の隆起で生じた海沿いの陸地に新たな東海道が設けられ、現在に至っている。

しかし、ここでも注意すべきは、同じパターンの隆起が単調に繰り返されてきたわけではない点である。1707年宝永地震の隆起は駿河湾奥に及ばなかったため清水付近の隆起量は小さく、そのため津波被害は安政東海地震の時より大きかったとみられる。地震が海底地すべりを誘発した場合には、津波が局地的に高くなる場合もある。つまり、現実の自然現象は複雑なので、想定を基本としながらも想定に固執しない柔軟な対策が肝要である。

 


 

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