静岡新聞 時評(2004年4月22日)
小山真人(静岡大学教育学部教授)
かつて北大の島村教授は,本紙に連載したエッセイ「大地の不思議」(2001年4月30日)の中で「地震予知の研究や観測のために日本の大学は毎年25億円ほどの金を使っている(中略)この巨額の研究費のうち,静岡大学には,ただの1円もまわってきていないのである(中略)文部科学省の方針で,地震予知研究を担当する大学というのが決められているからだ」と述べた.
この指摘はほぼ事実であるが,その方針ができた原因の一端がそもそも静岡大学側にあったことを述べないとフェアではないだろう.かつて静岡大学には地震予知連絡会の委員をつとめた先生が在籍された時代があり,この先生が中心となって設置された小さな地震観測施設が現在も維持されている.しかしながら,この先生が定年退官された後,静岡大学はこの先生の後継者となるべき地震学者を採用しなかった.信頼すべき筋によれば,このことを問題視した当時の文部省は,組織としての予知研究維持の方策をもたない大学を地震予知計画の担当機関として認めないようになり,上記の「方針」ができたという.
それから20年経た現在でも,静岡県内の大学に地震波の観測を本業とする(本来の意味での)地震学者がいないという,ある意味では異常な状況が続いている.また建築・土木・都市工学などの学科がないせいもあって,地震工学者の不在も目立つ.残念なことに,大学の組織人事は分野間の競争も含む複雑な力学で動く場合が多く,地域にとって重要な専門家や分野が欠けていたとしても,それを補って地域社会のニーズに応える仕組みがなかったのである.現在の東海地震の予知・防災体制に直接かかわる学者は,ほとんどが関東か名古屋在住の人間である.この点は地元の大学に在籍する研究者として悔しかった.
しかし,その後,静岡大学内にも地殻変動,活断層,歴史地震,火山,山林災害など周辺分野の研究者が徐々に増えてきたし,東海大学地震予知研究センターや富士常葉大学環境防災学部が設置されたことにともない,電磁気学的手法をもちいた地震予知や,防災行政・防災対応などの専門家人口が一挙に増加した.また,国立大学の法人化によって明瞭な形での地域貢献が求められるようになり,大学も生まれ変わろうとしている.このような流れを受け,いま地震防災に関心をもつ県内大学の研究者たちが人的ネットワークを築き,これまでの個別の行動をより組織的なものにしようと活動を始めたところである.今後の動きに注目してほしい.