小山真人(静岡大学、近著に「富士山 大自然への道案内」岩波新書)
世界文化遺産に登録された富士山は、かつて自然遺産としての登録を目指していた。しかし、2003年に環境省と林野庁が共同設置した「世界自然遺産候補地に関する検討会」での議論の結果、その候補地から外された経緯がある。その際、登録に不利な点として挙げられたのは、(1)火山地形としての多様な火山タイプを包含していない、(2)山麓周辺の人為改変が進んでいる、(3)ゴミ・し尿問題等を含む保護管理体制が未整備、の3点で自然遺産としての「完全性」を欠いていることと、(4)すでに他国で大型の成層火山が自然遺産指定を受けていたことである。奇妙なことに、この検討会の委員には火山学者・地質学者がひとりも入っていない。
この検討会の資料や議事録をみる限り、上記理由(1)と(4)は火山学的に納得しかねることである。世界遺産の登録基準を述べたユネスコ資料*の第88項によれば、自然遺産の「完全性」は、a)傑出した普遍的価値を表すために必要なすべての要素を含むかどうか、b)そのための適切な広さがあるかどうか、c)開発や放置などによる悪影響の有無、の3つによって評価することになっている。つまり、富士山の傑出した普遍的価値を証明する要素が揃っていればよいのであり、決して「火山地形としての多様な火山タイプを包含する」ことが要求されているわけではない。現に、富士山と似たイタリアのエトナ火山(成層火山)が、皮肉にも富士山の文化遺産登録と時を同じくして自然遺産に登録されている。
富士山は、玄武岩質火山としては稀な火砕流を多発したり、1707年宝永噴火のような爆発的大規模噴火を起こす一方で、大量の溶岩を流すこともあり、きわめて多様な地形と地質をもつ。また、プレート三重会合点でもある本州弧と伊豆小笠原弧の衝突帯上に成長し、側火山の多さや長期的マグマ噴出率の高さから見ても、地球上の特異点と言える。こうした知見・常識が、上記検討会で議論された形跡はない。
上記(1)と(4)にもとづいて「富士山のような成層火山は、世界的に見れば珍しくない」などの記述が様々な書籍や地元自治体のWebページに書かれ、富士山の価値を不当に貶めている現状は嘆かわしい。そもそも上記理由(2)と(3)は、裏を返せば、富士山麓の貴重な自然が人為改変によって失われつつあることを意味している。本来そうしたものを保護するはずの世界遺産条約が、現実には機能していない。かけがえのない富士山の自然を末長く保護するためには、文化遺産登録だけでは限界がある。複合遺産としての登録や、保全・活用の両概念を含む世界ジオパーク認定を目指してほしいと心から願っている。*"Operational Guidelines for the Implementation of the World Heritage Convention" 2012年版