(河川,2004年5月号記事)
小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室)
1.はじめに
一般に火山災害は稀であり,経験を積むことが難しい.しかし,ひとたび運悪く発生すれば,個人にとっても自治体にとっても過去に覚えのない過酷かつ不条理な体験を強いられることになる.だからこそ事前の最低限の備えとして,火山が平穏無事なうちにハザードマップを作成し,それにもとづいた対策をしておく必要がある.
火山のハザードマップは,将来起こりうる火山災害の規模・様相や影響範囲・対策などをあらかじめ予測・図示した資料である.「ハザード」は本来は加害要因を意味する言葉であるが,ハザードマップは現在では加害要因の分布予測図という意味だけではなく,対策までも含めた総合防災マップとしての意味で使用される場合が多い.本論でも,ハザードマップを後者の意味として用いる.
火山のハザードマップを通じて,将来いずれは発生する噴火を事前に仮想的に「体験」し,その体験にもとづいた対策に取り組むことができる.しかしながら,火山噴火が稀な出来事であることも,また事実である.ハザードマップの刊行によって高まった火山への興味・関心もやがては風化し,次世代へと受け継がれない可能性が十分ある.これでは大変な労力と費用をかけて作られたマップが浮かばれない.
火山への防災意識や対策を風化させないためには,ハザードマップを活用した取り組みを持続・継承していく努力が必要である.結局は,平穏時に住民がどのくらい火山を意識した生活が営めるかが鍵となるだろう.本論では,火山のハザードマップを最大限有効に活かすために,マップが担いうる役割を整理し,活用にあたってのポイントを述べたい.
2.火山ハザードマップの役割
火山のハザードマップが果たしうる役割は大きく分けて,表1に示す4点になると考える.
表1 火山のハザードマップが果たしうる4つの役割
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(1)噴火の際の生命・財産の保全
(2)長期的な土地利用計画への活用
(3)郷土の自然教育・防災教育への活用
(4)観光や地域振興のための基礎データ提供
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(1)噴火の際の生命・財産の保全
火山ハザードマップの第一義的な目的は,火山が噴火した場合の周辺地域の被災危険度分布を図示することである.これによって,万一の際に住民の生命・財産を守るための対策を事前に立てておくことができる.このことはハザードマップの役割として自明のことなので,ここでは火山のハザードマップをこの目的に活かすためのいくつかのポイントを述べる.
火山のハザードマップに対するよくある誤解のひとつとして「ハザードマップは次に起きる噴火の被災範囲をズバリ予測したもの」がある.しかしながら,火山災害に限ったことではないが,災害の発生箇所や被災範囲をあらかじめ確定的に求めることは困難である.ハザードマップは,あくまでその作成当時の知識にもとづいて仮定した初期条件のもとで,被災リスクが相対的に高いと考えられる領域を色塗り表現したに過ぎない.危険度の差を示す境界線の位置の精度は高くなく,噴火の初期条件の違いによって大幅に移動することもありえる.このため,ハザードマップはあくまで目安と考え,それに100%依拠しない空間的・時間的な余裕をもった対策をとることが重要となる.
「現状のハザードマップの精度は高くないが,予測技術の発達に従って精度が高くなり,将来はマップに描かれた被災範囲が確定的なものとなる.したがって,現在は複雑で情報量の多い火山ハザードマップは将来もっとシンプルになる」―こう考えている人もいると思うが,これも完全な誤解である.
たしかに噴火現象の数値シミュレーションなどの予測技術は今後も大幅に進歩するだろうし,噴火の初期条件を仮定する上で重要な噴火履歴についても,精度の高いデータが収集されていくだろう.しかし,火山噴火は本来多様なものであり,その多様性の中には偶然に支配されるものがあることを忘れてはならない.たとえば,噴火履歴や平均的なマグマ噴出量がよく知られている火山であっても,個々の噴火の位置・様式やマグマ噴出量は,噴火時の偶然に支配されたゆらぎを見せるのが普通である.
つまり,将来いくら噴火現象の予測技術や噴火履歴の解明が進歩しようと,火山の噴火は実際に起きてみないとわからない面が多い.このことに起因するハザードマップの不完全性には,常に気を配る必要がある.また,噴火開始と同時に,判明した初期条件を次々とインプットすることによって姿を変えていく「リアルタイム型ハザードマップ」の開発を早急に進める必要がある.リアルタイム型ハザードマップは,従来の紙ベースのハザードマップの不完全性をかなり補完する可能性を秘めている.
(2)長期的な土地利用計画への活用
ハザードマップの役割は,火山災害時の危機管理だけにとどまるものではない.火山のハザードマップは,過去数百年から数千年間にわたる噴火履歴データにもとづいて作成された長期的な被災危険度分布図がベースとなっている.この図をそのまま利用し,噴火危険のない間は居住・産業・観光などへの最大限の土地利用をはかる一方で,万一の被災に備えて,たとえば危険度の高い地域への学校・病院やライフライン施設の建設を制限する等の配慮が可能である.
しかしながら,現状においては,火山のハザードマップは前述した役割(1),すなわち噴火の際の生命・財産の保全のためのものとの認識がほとんどであり,マップを土地利用計画に活用した例はわずかである.たとえば,2000年噴火後の有珠山地域において4区域に分けた土地利用区分が実施されているが(北海道総合企画部有珠山火山活動災害復興対策室,2001),将来の噴火に備えて災害弱者施設と住宅の移転を促したCゾーンについては,支援策を得ることについて現行法の枠内での難点があるうえに住民の理解が得られず,廃止の方針が決まったという(2004年2月28日の地元各紙記事).このように,ハザードマップを用いた土地利用区分は,実際には法制度や住民感情などと密接にからむため早期の実現が難しい面がある.
筆者は,噴火危険性がとくに高まらない限りにおいては,長期的な被災危険度をよく納得した上での個人の居住地選択を規制すべきでないと思う.しかし,災害弱者施設やライフライン施設への立地制限や移転促進については実際に事があってからでは遅いので,火山ハザードマップを所有するすべての自治体において,マップにもとづいた検討を開始してほしいと考える.
(3)郷土の自然教育・防災教育への活用
ハザードマップは,その名の通り,さまざまな危険情報を集大成したものというイメージが強いため,教育への利用や次節で述べる観光・地域振興への活用を最初から思い描く人は少ないだろう.ほとんどの火山ハザードマップにおいては,慣れ親しんだ郷土の地形や事物がどのような火山作用によって作られ現在の姿になったかが語られているため,郷土教育への利用が可能である.また,当然のことながら,火山噴火に対する防災教育の貴重な教材ともなりえる.
日本で最近公表された火山ハザードマップの一部(秋田焼山,秋田駒ヶ岳,岩木山等)では,本来のハザード情報を十分含みつつも,火山の生い立ちと恵みに関する情報や山麓の自然散策ガイドなどが併せて掲載され,普段から火山に親しみながら必要な防災知識を学べる工夫が施されている.このうち,とくに秋田焼山のものは,小学校高学年児童から大人まで広い範囲の年齢層が読みこなせるような工夫がなされており,秀逸である(秋田県建設交通部砂防課・秋田県鹿角建設事務所,2002).
また,ハザードマップ自体は本来の危険情報を主としたオーソドックスなマップでありながらも,その内容を広い年齢層に向けてかみ砕いた副読本やビデオが別途作成された例もある(たとえば,田沢湖町ほか,2003;有珠火山防災会議協議会,2003a,b).地域の将来をになう小中学生にターゲットを絞ったハザード教材も,いくつか開発されている(有珠火山防災教育副読本作成検討会,2003;上宝村・国土交通省北陸地方整備局神通川水系砂防事務所,2003など).立体地形図の上にハザードマップを重ねたものも作られるようになり(山形県庄内総合支庁,2002;国土交通省北陸地方整備局神通川水系砂防事務所,2002など),教材としてうってつけである.
以上述べたような,平穏時から興味をもって親しんでもらえるハザードマップを作成しようとする方策は,きわめて重要である.なぜなら,危険情報だけが満載されたマップを受け取っても,よほど防災意識が高くない限りは,ひと通り眺められただけで押し入れの奥にしまわれるのが普通に違いない.とくに,長い平穏期のただ中にある火山の山麓では,その傾向がつよく表われるだろう.
そうならないために,噴火が差し迫った状況にない火山のハザードマップは,火山の危険予測情報だけの掲載にとどまらず,教育や地域振興の目的に使用できるように,火山の自然や恵みに関する情報や観光情報も加えた総合自然ガイドマップとして作成・配付することが望ましい(表2).住民が普段から火山の自然に親しみ,災害と表裏一体の関係にある恵みへの理解を深めることによって,知らず知らずのうちに火山防災の基礎知識や知恵が普及され,結果として災害に強い郷土が築けるのである.
表2 火山のハザードマップに火山の恵み情報を併記して伝えることの効用
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1.おぞましい情報も含みがちなハザードマップ全体がソフトになる.単なる「脅しの防災」にならないため,理解が得られやすい.
2.自然災害があったおかげで長期的には恵みが得られるという真理(自然理解の基本)を伝え,誤った自然認識を生じさせない.
3.平穏時から火山に親しむことができ,火山を意識した生活が営める(リスク情報だけでは精神的に参ってしまう)
4.郷土学習,まちづくり,観光情報としても役立てられる.
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(4)観光や地域振興のための基礎データ提供
ハザードマップは,住民自身がまちづくりや地域振興を考えていく上での基礎資料ともなりえる.前節において火山の恵み情報を含めたハザードマップの教育的効用について述べたが,アイデアと工夫次第でもっと積極的な火山観光地図として味付けすることもできるだろう.さらには,それに関連した観光施設と人(ビジターセンター,案内板,案内者による観光ツアー)や事物(観光ガイドブック,みやげもの等)を付加していくことによって,火山観光を前面に打ち出した地域振興をはかることも可能だろう(小山,2001).
火山は,いったん噴火を始めると恐ろしい災害をもたらし,人々の生命や財産をうばったりするが,長い目で見ると人間に豊かな,他に代えがたい恵みをもたらしている(表3).
表3 代表的な「火山の恵み」の整理
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1.広くなだらかな山麓と平野
溶岩流や土石流などの土砂供給作用によって谷や険しい地形が埋められ,平野が面積を増していく.結果として火山山麓の広くなだらかな土地が得られ,人間がさまざまな経済活動を営むことができる.2.風光明媚な山体と高原
溶岩流や土石流などの土砂供給作用によって,山頂付近から裾を引く,火山特有の優美な山体や高原がつくられ,結果として観光資源が得られる.3.湖
溶岩流や岩屑なだれはしばしば山麓の川をせき止めるため,そこに大小さまざまの湖を誕生させ,結果として観光資源や水資源が得られる.4.豊富な地下水
溶岩流や火砕物は内部の空隙が豊富であり,そこに大量の地下水を蓄えることができる.それらは山麓で湧き出し,水資源や観光資源を作り出す.5.独特な造形
火山灰・火山れきが何度も降り積もると美しい縞状の地層ができる.溶岩流はその内部に溶岩トンネルや溶岩樹型などの珍しい造形を作り出す.結果として観光資源が得られる.6.肥沃な土壌
降り積もった火山灰は長い時間をかけて肥沃な土壌へと変化し,結果として火山山麓での豊かな林産・農産資源が得られる.7.鉱産資源
火山の地下では地熱や温泉水によってさまざまな鉱物・鉱床が醸成されており,結果として豊かな鉱産資源が得られる.8.地熱と温泉
火山の周辺には地熱が高い部分があり,噴気地帯となることがある.また,地熱によって温泉が湧き出すこともある.地熱は電力資源として利用可能であり,噴気地帯や温泉は観光資源として利用される.
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綿々とした火山の営みの中で,恵みと災害はつねに表裏一体の関係にあるのである.しかも,たいていの火山の一生において噴火期はほんの一瞬に過ぎず,休止期はそれよりはるかに長い.万一の噴火に備えた十分な準備と対策を施しておきさえすれば,火山山麓に住む人々や,そこを訪れる観光客は,安心して火山の恵みを今後も享受してゆくことができるだろう.
このような火山のリスクとベネフィットをセットとしてみる視点は多くの一般市民にとって「目からウロコ」のはずであり,新しい視点にもとづく観光素材としての可能性を秘めている.実際に,箱根山では観光客への啓発目的に特化したハザードマップを作成し(箱根町総務部防災課,2004),今後は旅館や観光施設に掲示していく予定だという.また,九州の九重火山でも観光客用に特化された美しい火山ハザードマップが作成され(大分県ほか,2004),富士山でも作成が検討されている.
有珠山周辺の自治体は,有珠山の山麓全体をひとつの自然博物館あるいは野外体験施設としてとらえ,エコツーリズム指向の観光客を誘致する「洞爺湖周辺地域エコミュージアム構想」の検討・実施を始めた(レイクトピア21推進協議会エコミュージアム構想策定部会,2002).同様の試みは雲仙火山でも「平成新山フィールドミュージアム構想」として策定・実施されている(平成新山フィールドミュージアム構想推進会議,2003).また,観光情報雑誌の企画記事として,火山観光をテーマとしたものも現れたことも特筆すべきである.北海道開発局は観光雑誌「じゃらん」と協力し,2回にわたって北海道の火山観光記事を掲載した(室蘭開発建設部,2002;室蘭開発建設部・旭川開発建設部,2003).
3.おわりに
本論では,火山のハザードマップが担いうる役割を整理し,その活用にあたってのポイントを述べた.現代火山学の叡知を結晶したハザードマップは,本論で述べた視点にもとづけば,郷土の知的・文化的財産のひとつであると言ってよい.ハザードマップをまちづくりや教育・観光に活用していくために,専門家と一般市民が一体となった取り組みがいま求められている.
引用文献
秋田県建設交通部砂防課・秋田県鹿角建設事務所(2002):秋田焼山火山防災マップ.http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=BMM7&ac2=&ac3=2906&Page=hpd_view
箱根町総務部防災課(2004):箱根火山の恵みと防災.A2判ポスター.
平成新山フィールドミュージアム構想推進会議(2003):平成新山フィールドミュージアム構想. http://www.udmh.or.jp/fmkousou/index.html
北海道総合企画部有珠山火山活動災害復興対策室(2001):有珠山周辺地域における土地利用のあり方.http://www.pref.hokkaido.jp/skikaku/sk-usuts/18-totizo.htm
上宝村・国土交通省北陸地方整備局神通川水系砂防事務所(2003):活火山焼山と,私たちの暮らし.43pp.
国土交通省北陸地方整備局神通川水系砂防事務所(2002):焼岳火山防災マップ(立体版).
小山真人(2001):火山がつくった伊東の大地と自然―火山の恵みを生かす文化構築の提案.伊東市史研究,1,21-41.
レイクトピア21推進協議会エコミュージアム構想策定部会(2002):洞爺湖周辺地域エコミュージアム構想.A4判パンフレット.
室蘭開発建設部(2002)学び観光は面白い―火山エリア編.じゃらん北海道発,2002年10月号,44-49.
室蘭開発建設部・旭川開発建設部(2003)子供の自由研究は火山学習で決まり!.じゃらん北海道発,2003年8月号,126-131.
大分県・庄内町・久住町・直入町・九重町(2004):くじゅう連山は活きている.A1判ポスター.
田沢湖町・雫石町・秋田県・岩手県(2003):生きている火山秋田駒ヶ岳を探検しよう!.18pp.
有珠火山防災会議協議会(2003a):有珠山とともに―火山との共生をめざして.VHSビデオ29分.
有珠火山防災会議協議会(2003a):火山のことをもっと知ろう!―地球のエネルギーってスゴイ.VHSビデオ29分.
有珠火山防災教育副読本作成検討会(2003):火の山の響.81pp.
山形県庄内総合支庁(2002):鳥海山立体マップ.
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