(月刊地球,2003年11月号「大規模カルデラ噴火―そのリスクと日本社会―」記事)
小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室)
災害の規模・発生頻度・立ち上がり時間の3つから自然災害全体を考えることによって,低頻度巨大災害(破局災害)とその代表格である破局噴火の位置づけを明確にできる.火山小説「死都日本」は,想像を絶する破局噴火のクライシスを疑似体験できるだけでなく,破局噴火のリスクとベネフィットをバランスよく学ぶことができる得がたい教材であり,これを端緒とした研究・防災戦略や学校・市民教育が議論・実践されていくべきである.
1.自然災害の全体像と破局噴火
一般に,自然災害は大規模なものほど発生頻度が小さい.このため学問的な事実として知られていても,その対策どころか社会的認知すらなされていない巨大災害が存在する.このことを理解するために,まず自然災害全体を見通して考えてみよう(図1).
図1の横軸は災害の頻度をあらわすが,上述した通り規模の大きな災害ほど頻度が小さいので,横軸は災害の規模にも相当する.また,縦軸は災害の進行速度を表現している(実際には進行速度を定義することは難しいので,災害の立ち上がり時間=災害の発現からクライマックスまでのおおよその時間をとった).こうした図の上に,これまで地球上で実際に起きてきた災害について,おおまかな種類別分布を描いたものが図1である.
図1 災害の規模・頻度・立ち上がり時間によって,自然災害全体の特徴をあらわした図.災害・破局災害・環境問題が,それぞれどの領域をさすかも示してある.詳しい説明は本文を参照.
図1をみると,社会的に認知され対策が施されている災害(図1で「災害」と書かれている範囲)は,おおよそ数千年に1度程度の頻度(=規模)のものまでということがわかる.この範囲は被災経験を積むことによって徐々に右側へと拡大してきたが,この範囲を越える低頻度かつ大規模な災害の多くは,いまだ学術の世界の中だけでしか存在が認知されていない.なお,ふつう自然災害と区別して扱われることの多い環境問題は,実は立ち上がり時間の非常に長い災害を別の名前で呼びかえたものであることが,図1から理解できる.
図1において,立ち上がり時間が数年程度より短く,数千年に1度以下しか起きない大規模災害を,石黒(2002)の「破局噴火」にヒントを得て,「破局災害」と呼ぶことにしよう.破局災害には,低頻度巨大噴火災害(破局噴火による災害),地震・津波災害の一部,および天体衝突災害などが含まれる.
日本における破局噴火の例を挙げよう.たとえば,7300年前に鹿児島県南方沖の海底火山(鬼界カルデラ)で起きた巨大噴火が,当時の南九州で栄えていた縄文文化を壊滅させたことは,考古学上よく知られている(小田,1993;町田,2001;成尾,2003など).他の例としては,2万8000年前に姶良カルデラ(鹿児島湾北部)から噴出した火砕流がシラス台地をつくった噴火や,8万7000年前に阿蘇カルデラから噴出した火砕流が九州の北半分と山口県の一部を焼き尽くした噴火などが有名である.
九州の事例が目立つが,このような噴火を繰り返してきたカルデラ火山は,北海道,東北地方,中部地方にも点在する(町田・新井,1992).首都圏近郊の事例としては,5万2000年前に箱根カルデラから噴出し,西は富士川河口から東は横浜市郊外にまで達した火砕流がある.7300年前の鬼界カルデラの噴火以来,日本列島に住む人々は,このような破局噴火の洗礼を免れている.次の破局噴火がいつどこのカルデラ火山で起きるかは不明である.
以上のような事実と現状理解は,1960年代以降の研究の進歩によって,いまや火山学者全体の認識となっている.これにもとづいて警鐘を鳴らし,防災対策の必要性を訴えてきた先駆者もいたが(横山,1993;上田,1997など),低頻度現象であることと,対策不可能と思えるほどの広域的大災害が予想されることにより,国・自治体のどちらのレベルにおいても何の対策もとられていないのが現状である.
2.火山小説「死都日本」の価値
小説「死都日本」(石黒,2002)は,破局噴火が現実に再び九州で起きてしまった時,どのような現象が起き,社会がどう対応するかを精密にシミュレートした近未来小説である.
霧島火山に大規模噴火の兆候が観測され始め,それが霧島火山のみならず,その北西側で34万年前に破局噴火を起こした加久藤カルデラのマグマ活動の再開だと気づいた政府は,最悪の場合に備えた準備(K作戦)を極秘裏に始動させる.K作戦は順調に進むかに見えたが,霧島火山で始まった噴火は,誰もが予想しなかった速度で加久藤カルデラの破局噴火を誘発させてしまう.
破局噴火の開始に気づいた宮崎在住の火山学者の主人公が,発生した大規模火砕流の直撃や影響を避けながら以後の12時間をどう生き延びるかが,この物語の核心部分である.噴火開始後の現象記述は詳細をきわめ,最新の火山学的知識がちりばめられたリアリティーあふれるものとなっている.主人公は,過去の噴火事例,火砕流の流動特性や,火砕流にともなう現象のすべてを熟知していたからこそ,その後生じたあらゆる困難を乗り越え,最終的に日南海岸から船で逃げ延びることができる.彼がもてる知識を動員し,地形図をにらみながら脱出に至る大冒険が見事である.つまり,災害に関する基礎知識があるかないかで人の運命が分かれることをよく表した,非常に教育的な作品でもある.
かつて私は「従来の普及書・解説ビデオ等には堅くて地味なものが多すぎる.大きくかつ永続的な効果を得るためには一流の演出が必要である.とくに芸術家・文学者・マスメディアとの共同作業はよい結果を生みだすに違いない」と書いて,従来の教材の演出面での未熟さを嘆いた(小山,2000).科学的設定自体に無理がある「日本沈没」(小松,1973)(注)のような娯楽作品であっても,演出の秀逸さゆえに当時の若者の進路に多大な影響を与えたこと(今の40
代の地震・火山学者に,この作品がきっかけで進路を選択した者が多い)は注目に値する.かく言う私もその一人である.
しかし,私たち学者が,実際にそのような一流の演出を得る機会は稀である.その意味でも「死都日本」の存在は貴重であり,望んでも容易には得られない優れた教材が,労せずして入手できたとみるべきである.もちろん火山専門家の目から見て,もっとここはこう描いてほしいと思う部分がいくつかある.しかし,全体として大きな間違いはなく,破局噴火を完膚無きまでに仮想体験できる作品と言ってよい.
私は,災害の恐怖だけをクローズアップした警告の繰り返しによって住民の防災意識を維持しようとしてきた旧来の地震防災教育を批判し,リスクとベネフィットがつねに表裏一体の関係にあるという自然の理を正しく理解することがすべての防災教育の基盤となるべきだと訴えてきた(小山,1999,2000).この視点から見ても「死都日本」は理想的な教材である.「死都日本」の終章では,破局噴火に対する具体的な災害応急対策・復興計画の提案とともに,現代日本社会の土地利用法に対する根本的な疑問や,破局噴火の結果もたらされる長期的なベネフィットの指摘があり,大災害の末にも必ず希望や救いがあることが示されている.「死都日本」が,他の浅薄な災害パニック小説と明確に一線を画する点である.
以上述べてきたことからわかるように,「死都日本」は,火山学者だけでなく防災科学・防災行政・防災教育に携わるすべての専門家にとって,大変注目すべき作品である.この作品の刊行を千歳一遇の機会として,破局噴火に代表される低頻度巨大災害(破局災害)をどう考え,どのような行動を起こしていけばよいかを真剣に考えるべき時が来たと言えるだろう.
(注)「死都日本」は「日本沈没」と比較されることが多いので,ここで両者の科学的設定についてコメントを述べておく.両作品ともに,ストーリー展開を盛り上げるために,自然現象の推移速度を意図的に増加させる操作がおこなわれている.「死都日本」では噴火の開始から終了までほぼ1日,「日本沈没」では1年間かけて日本列島全体が地殻変動によって海面下に水没させられる.実際に要する時間をおおざっぱに見積もると,前者は数日〜十数日,後者は起きたとしても数万年を要する現象と考えられる.つまり,「死都日本」では1桁程度,「日本沈没」では4桁以上の推移速度の操作がおこなわれている.「死都日本」での操作は物語のリアリティーを失わせるに至っていないが,「日本沈没」では科学的な設定自体が荒唐無稽となってしまっている.
3.「死都日本」シンポジウムと本特集号
2003年5月25日に講談社ホールで開催された火山小説「死都日本」シンポジウム―破局噴火のリスクと日本社会―(http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/etc/hakyokusympo.html)では,火山研究者だけでなく,火山噴火の危機管理や噴火リスクへの意識啓発に関心をよせる他分野の専門家やジャーナリスト,火山に興味をもつ一般市民が一同に集まり,破局噴火に関する研究・対策の現状を把握するとともに,これまで専門家ですら真剣に考えることを躊躇してきた破局噴火のリスクを俎上にのせ,それをどう考えどう向き合うかについての活発な意見交換がおこなわれた.
本特集号は,このシンポジウムでの講演内容,パネルディスカッションに参加したパネリストおよびコーディネーターの報告,ならびに「死都日本」作者である石黒耀氏からのメッセージをまとめたものである.目次には明示していないが,全体は以下の5部構成になっている.
第1部では,カルデラ一般(荒牧),南九州の大規模火砕流(宇井),7300年前に起きた破局噴火とその影響(成尾)に関する研究の現状が紹介されている.第2部では,「死都日本」の舞台となった霧島火山地域の噴火史研究や観測・防災の現状が語られる(井村,鍵山).第3部は,火砕流噴火の直後に起きる現象に関する事例研究の紹介である(井上,千葉).ここまでが基礎編という位置づけになる.
続く第4部では,いよいよ将来の破局噴火について考える.破局噴火の発生リスクを評価し(早川),その予測可能性と研究戦略が語られる(高橋).また,破局噴火に対する国の防災戦略(渋谷),観測・評価の戦略(山里),土石流対策(杉浦)についての思考実験結果が述べられる.
第5部では,破局噴火のリスクやベネフィットをどのように国民に伝えていくかがテーマとなる.心理学の立場からのコメント(吉川),マスメディアの役割(中川),学校教育への活用(林),すぐれた啓発書や映像作品を通じた文化形成の重要性(鎌田,岡田)が語られる.最後は,パネルディスカッションのコーディネータ(伊藤)および「死都日本」作者(石黒)からの味のあるコメントで締めくくられる.
「死都日本」シンポジウムと本特集号がきっかけとなって,破局噴火に代表される低頻度巨大災害のリスクとベネフィットに関する認知・理解が進み,長期的な視点に立って自然と向き合う文化が日本社会に根づき始めることを願う.
謝辞:「死都日本」シンポジウムの開催にあたって,快く登壇を引き受けて頂いた講師・パネリスト・コーディネータ,シンポジウムの企画と運営にあたった「K作戦」実行委員会のメンバーおよびサポーター,ポスター展示を作って頂いた日本火山の会と信州大学,後援を頂いた内閣府・国土交通省・日本火山学会・日本災害情報学会,会場設置等すべての面で助けて頂いた講談社および砂防地すべり技術センターの方々に深い感謝の意をささげます.
参考文献
石黒 耀(2002):死都日本.講談社,520p.
小松左京(1973):日本沈没.光文社.
小山真人(1999):科学,69,256-264.
小山真人(2000):地球惑星科学関連学会2000年合同大会予稿集,Ad-007.
町田 洋(2001):日本人はるかな旅(2)巨大噴火に消えた黒潮の民.NHK出版,161.
町田 洋・新井房夫(1992):火山灰アトラス.東大出版会,276p.
小田静夫(1993):火山灰考古学.古今書院,207.
成尾英仁(2003):月刊地球,本特集号.
上田俊英(1997):AERA,5月19日号,10.
横山勝三(1993):火山災害の規模と特性(文部省科研費重点領域研究「自然災害の予測と社会の防災力」研究成果報告書),319.
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