日本地球惑星科学連合2012年大会予稿
2011年3月の東日本大震災が引き起こした福島第一原発起源の放射能汚染が、深刻な社会問題となっている。2011年中に実施された文部科学省の航空機モニタリングは汚染の概要を面的に明らかにしたが、感度・分解能の制約により、線量率が0.1μSv/h前後(およびそれ未満)の地域の汚染状況は不明のままである。一方、自治体による地上線量率の測定点は都市部に集中し、郊外や山岳地域のデータに乏しい。そもそも岩石や石材起源の自然放射線によるバイアスを分別する必要があるが、それを考慮した研究はほとんどなされていない。こうした状況をふまえ、演者は2011年7月以降、静岡県・神奈川県西部・山梨県南部にわたる約1000地点の放射線強度を実測し、線量率の空間分布を得たので報告する。測定にはCsI(Tl)シンチレータを用いたクリアパルス社A2700を用い、地上1mの草地上を約1分間測定した。また、数地点においてテクノエーピー社のTN100(NaI(Tl)シンチレータ)による放射性核種分析をおこなった。
測定中の経験から得た特徴として、線量率は急傾斜地で低く、谷底や窪地で高く、平坦地で中間的な値を示す傾向がある。また、線量率は地表面の構成物とも関係があり、一般に裸地やアスファルト上で低く、草地や石材上で高い。地形・植生との関係は降下火山灰の層厚分布やそれらの保存状況と類似しており、傾斜地や裸地では放射性物質(主としてCsを含む微粒子)が降雨や流水によって低い場所に移動しつつあることを示す。そこで、降下火山灰の調査と同様に、測定は可能な限り平坦面上の草地を選んで実施し、降下当時の分布状況の復元をめざした。
得られた線量率分布は、広域的には富士川付近を境として東で低く(概して0.02-0.06μSv/h)、西で高い(0.06μSv/h以上)。これは、原発事故前に得られていた自然放射線量率分布(産総研,
2011, 地質学会Web;湊, 2006, 地学雑誌など)と調和的であり、東側の低線量は伊豆・小笠原弧の火山フロント付近に分布する低K火山岩類、西側の高線量は西南日本の非火山性地域に分布するK、U、Thなどの含有量の高い岩石に対応するとみられる。
一方、伊豆半島北東部から小田原付近にかけて、線量率が周囲より高く西南日本並みの0.06-0.13μSv/hを示す地域がある。地質的には周囲と同じ低K火山岩地域であり、本来は0.02-0.04μSv/h程度だったはずの場所である。放射性核種分析の結果、この地域内の各地で放射性Csのピークが数分間程度の測定で容易に検出できるため、高線量の原因は福島原発起源の放射性微粒子による汚染と考えられる。このことは、熱海市・伊東市などの自治体によって公表された土壌・焼却灰・農作物などの汚染状況とも整合的である。
伊豆半島北東部から小田原付近にかけての汚染分布には明瞭な地形依存が見られる。箱根山から天城山へとほぼ南北に伸びる標高400-1000mの分水嶺の東側(相模湾側)の線量が高く、とくに北東に面した斜面で顕著である。一方、上記分水嶺の東側でも、北東側に地形的な高まりがあってその陰になっている低地の線量は比較的低い。こうした傾向は、放射性微粒子を含んだ風が相模湾側から吹きつけ、地形に沿って上昇することで雲が生じ、霧や降雨となって微粒子が地表に落下・沈着したことで説明可能である。
この汚染の日時は、静岡市と神奈川県内各地のモニタリングポストのデータ、および気象庁アメダスの風向と降水量から2011年3月21-22日と考えられる。汚染地域内にある網代測候所の同日の風向に北北東が多いことは、北東斜面の線量率が高いことと調和的であり、国立環境研(http://www.nies.go.jp/shinsai/index.html#title04)やヴィジブルインフォメーションセンター(http://www.vic.jp/fukushima2/index.html)による3月21-22日の放射性物質拡散シミュレーション結果とも整合する。
伊豆半島北東部から小田原付近にかけての線量率は、0.03-0.06μSv/hの範囲にある足柄平野・大磯丘陵・相模平野よりも高い。東日本全体の線量率分布をまとめた早川由紀夫の地図(http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-445.html)などから判断して、東京都区内の西部とほぼ同等の線量率とみられる。つまり、この地域では首都圏と同様に、軒下・排水路などの汚泥や焼却灰、汚染に敏感な動植物(きのこ、茶葉、淡水魚、野生動物など)への注意がとくに必要である。規制値超えで2011年に出荷停止となった足柄茶(小田原市付近)と静岡茶(静岡市藁科地区と庵原地区)の栽培地域の線量率を今回得られた分布図上で見ると、ともに0.06-0.08μSv/hで同等である。しかし、本来の値は前者が0.02-0.04μSv/h、後者が0.04-0.06μSv/h程度とみられ、原発事故による足柄茶栽培域での上乗せ分が大きい。このため、一番茶のみ規制値を超えた静岡茶に対し、足柄茶が二番茶・三番茶でも規制値超えを出したとみられる。
(JPGU2012 abstract)
Dose rate map in and around Shizuoka Prefecture, central Japan, and pollution by Fukushima Nuclear Power Station
Masato Koyama (CIREN, Shizuoka University)
A dose rate map in and around Shizuoka Prefecture, central Japan, was made to clarify the radioactive pollution by the Fukushima Nuclear Power Station, which caused the severe accident in March, 2011. A scintillation counter with a CsI(Tl) scintillator was used for measuring the dose rate distribution 1m above the ground surface. A spectrum analyzer with an NaI(Tl) scintillator was additionally used for identifying source radioactive elements. An area of low-level pollution (0.06-0.13 micro Sv/h) by Cs-134 and -137 was detected in the northeast Izu Peninsula, where original dose rates were during 0.02-0.04 micro Sv/h. The topography of the pollution area is characterized by a row of plateaus, valleys, and slopes, which are bounded by a ridge of 400-1000m height and the northwestern coast of Sagami Bay. This geographical situation of the pollution, as well as the precipitation and wind records, suggests that a radioactive cloud had reached this area by southwestward wind on March 21-22, 2011, and radioactive particles had been fallen by rain.