日本地震学会ニュースレター2011年第3号、36-37

地震・火山に関する防災情報の実効性検証の現状と課題

小山真人・村越 真(静岡大学防災総合センター)・吉川肇子(慶應義塾大学商学部)

 

1.はじめに
 適切なリスクコミュニケーションを実現するためには,専門家側の価値観だけによって市民に知らされるリスク情報が操作されることは好ましくなく(吉川,1999), リスク情報システムの構築や運用にあたっても市民の立場に立った厳密な検証プロセスが必要である.近年,気象庁は緊急地震速報,東海地震に関する情報,噴火警報・噴火警戒レベルなどの様々な防災情報を導入し,一方では自治体によって多数の火山ハザードマップが作成・公表されてきたが,リスクコミュニケーションの立場に立ったそれらの検証・修正プロセスは存在・機能してきただろうか? その現状を主として筆者らが関わっているものを中心にレビューし,東日本大震災以後に顕在化したいくつかの問題についても私見を述べる.

2.用語・情報呼称にひそむ問題
 小山ほか(2007)は,噴火現象,火山情報,東海地震に関する情報,避難に関する情報の呼称が市民に与える印象についての系統的な調査をおこない,とくに「噴石」「岩屑なだれ」「東海地震予知情報」「避難指示」の与える危機感が低く,見直しが必要と指摘した.その後,「噴石」に関してはそもそも気象庁内で意味の混乱があったこともあり,弾道岩塊に相当する噴石については「大きな噴石」という呼称が使用されるようになったが,それがリスクイメージの改善に結びついたか否かは今後の検証を必要とする.
 一方,2009年駿河湾の地震の際に東海地震観測情報が初めて発表されると,その意味を理解しない多くの市民の存在が表面化した.これを重く見た気象庁は「東海地震に関連する情報の理解促進のための検討会」を設置して検討した結果,観測情報の名称を「調査情報」に改めた上で,月例の判定会長会見を調査情報(定例)として発表し,実際の観測データに異常が発見された場合,つまり従来の観測情報を調査情報(臨時)として発表することとした.この検討会は,呼称の意味や印象等について独自の調査を市民に対して実施したが,名称変更の効果については,やはり今後の検証が必要である.

3.情報システム自体の実効性の問題
 情報のラベルや内容理解の問題もさることながら,より重要なのはシステムそのものが市民の防災のために有効に機能するか否かである.噴火警戒レベルと噴火警報に関してはすでにさまざまな課題や懸念が指摘されている(小山,2008など).気象庁は,2011年3月から伊豆東部火山群の「地震活動の予測情報」を,その噴火警戒レベルと同時に運用開始した.この運用方法は静岡県が設置した「伊豆東部火山群の火山防災対策検討会」で煮詰められたものであるが(静岡県,2011),今後「場数」を踏むことでシステムの検証・修正がなされるべきである.
 一方,導入から数年が経過した緊急地震速報について,気象庁は「緊急地震速報評価・改善検討会」を設置しているが(http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/EEW/kaisetsu/Meeting_HYOUKA.html),その検討内容は主として広報・運用と技術的問題であり,そもそも緊急地震速報が本当に市民の退避行動を促進するか否かや,促進させるための手法等についての検証は不十分である.この問題について,筆者らは起震車を用いて比較対照群を設定した実験心理学的な検証実験をくり返した結果,速報に緩やかな効果はあるものの速報のみで有効な退避行動は困難であり,適切な事前教育が不可欠との結論を得ている(村越ほか, 2011など).
 火山ハザードマップが国内110活火山のうちの40ほどの火山で公的機関から発行されているが,それらの有効性の検証はほとんどなされていない.筆者らはそれらの表現方法を改善するために,火山周辺の住民を対象とした検証実験をくり返した結果,PC版マップや3Dマップの教育効果が薄いこと,シミュレーション結果などの材料(ドリルマップ)を提示してマップの作成過程を短くレクチャーすることで期待以上の教育効果が上がることなどを見出した(村越・小山, 2007など).

4.幅のあるリスク情報の伝え方の問題
 地震・火山噴火などの低頻度自然災害のリスク情報は,その予測値に大きな幅があることが普通である.こうしたあいまいさは,しばしば発生確率などの形で定量表示されて社会に伝えられる.そのこと自体は科学的に厳密な姿勢だが,定量表示できなければ防災上の意味がないと思い込むのは,研究者側の勝手なリスク情報選択である.それが防災に役立つか役立たないかはユーザーが決めることであり,情報発信側の価値観でそれを伏せてしまってはならない.定量化できないリスク情報でも、誠実かつ丁寧な解説をつけて発信することが重要と認識すべきである.
 むしろ下手な定量表示が,かえって社会の防災対策を阻害することもありえる.たとえば,地震調査委員会の作成した地震動予測地図において,福島県が今後30年以内に震度6弱以上の揺れにみまわれる確率は低く見積もられていた.これはデータの乏しさによって得られた見かけ上の結論であり,その信頼度はDランク(低い)とされていた(地震調査委員会,2009).ところが,実際の地震動予測地図上では信頼度の高低は表現されていないため,福島県の地震リスクの低さをうたい文句「強固な地盤で大きな地震が少ない,安全・安心なビジネスステージ」とした企業誘致活動に利用されていた(福島県,2010).これを教訓として,今後は地震動予測地図についても認知心理学の視点を含む検証が必須である.
 定量表示にこだわるなら発生確率だけを示すのは片手落ちであり,リスクそのものを定量的に示す必要がある.リスクの量的な定義は複数あるが,もっとも明確なものは「リスク=発生確率×災害要因(ハザード)の規模」である(小山,2005).地震調査委員会はこの第2項を忘れ去っていたか,縦割りの弊害によって他人任せにしていたと言わざるを得ない.たとえ発生確率が小さくても、リスクの大きな事象(低頻度巨大災害)は社会として重視・対策すべきなのである.
 3月11日以降,東日本大震災を起こした地震の余効変動は続き,余震活動も活発なままである.常識的に考えれば,本震の震源域に南北に隣接した房総沖と三陸沖北部,東側の太平洋プレート内部,西側の太平洋スラブ内での誘発地震がまず懸念される(実際に3月11日の本震後と4月7日にM7.2〜M7.7の地震が発生).さらに,余震域からやや離れた東日本のあちこちで誘発されたとみられる群発地震が生じており,そのうち福島・茨城県境付近で生じていた活動域で4月11日にM7.1の地震が生じたため,残りの活動域でも大粒の地震発生が懸念される.こうした地震発生が促進された場所は,遠田らの力学的計算である程度予測できている(Toda et al., 2011).2004年スマトラ沖地震以後のスマトラ島周辺では,今日に到るまでM7〜M8.6の大規模余震・誘発地震がたびたび生じているから(大木・纐纈,2011),今後の日本もほぼ同じ運命をたどることを防災上は考慮しておかなければならない.しかし,筆者らの目から見れば,そうした懸念を公的に主張すべき地震調査委員会や地震予知連絡会の動きは鈍く感じられる.

文献
福島県(2010),http://www4.pref.fukushima.jp/investment/13guide/pdf/2010-sogo.pdf
地震調査委員会(2009),http://www.jishin.go.jp/main/chousa/09mar_sanriku/index.htm
吉川肇子(1999),福村出版,197p.
小山真人(2005),火山,50,S289-S317.
小山真人(2008),日本火山学会2008年秋季大会シンポジウム「日本の新たな火山防災の仕組み〜噴火警報・噴火警戒レベルと噴火時避難体制〜」予稿集.http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/etc/Abstracts/kazan08abs.pdf
小山真人・柴田ふみ・谷村麻由子・吉川肇子(2007),日本地球惑星科学連合2007年大会予稿集.
村越 真・小山真人・大石勝博・岩田孝仁(2011),災害情報, 9, 94-102.
村越 真・小山真人(2007),地図,45,4,1-11.
大木聖子・纐纈一起(2011),NHK出版新書,205p.
静岡県(2011),http://www.pref.shizuoka.jp/bousai/izutoubukazan4h230228.html
Toda, S., Lin J., and Stein, R.S. (2011) ,Earth Planets Space (in press)


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