(東京大学地震研究所共同利用シンポジウム「噴火準備過程」,1994年12月,講演要旨)

噴出量階段図から読みとる火山の内部過程と地殻応力場の影響

小山真人(静岡大学教育学部)

Magma supply/discharge process in volcanoes and its perturvation by crustal stress/strain deduced from magma-discharge stepdiagram

Masato Koyama (Shizuoka University)

 噴火史を調べることによって得られる2つの基本情報:噴火年代と噴出量をもとに,火山下のマグマの供給/排出プロセスの仕組みとそれに与える地殻応力/歪の影響を考察した.考察結果を追試・検証する方法についてもいくつか考えを述べる.

1.噴出量累積パターンの類型と成因
 個々の噴火年代を横軸,積算噴出量を縦軸にとる時間―積算噴出量階段図(以下階段図)の形状から,火山は(1)ある休止期間の長さがそれに先立つ噴火の噴出量に比例する時間予測 (time-predictable) 型,(2)ある噴火の噴出量がそれに先立つ休止期間の長さに比例する噴出量予測 (volume-predictable) 型,(3)噴出量と休止期間の長さのそれぞれがいつも等しい完全周期 (strictly-periodic) 型,(4)噴出量と休止期間の長さがいつも一定しない不規則 (nonpredictable) 型,の4種に分類できる(小山・吉田,1994).
 マグマ溜りから地表へのマグマ上昇の原動力は,静水圧増加と浮力の獲得の2つが考えられるが,どちらにしろマグマ溜り出口付近のマグマは,噴火に先立って地殻(または閉塞した火道)の破壊強度をこえる「上昇圧」(=静水圧と浮力の合力)をもつ必要があるだろう.ここで(A)休止期間において上昇圧Pmは一定の割合で単調増加をする,(B)噴火にともなってPmは減少し,Pmの降下量は噴出量に比例する,という2つの仮定を設け,各タイプの成因を考察した.
 仮定(A)に従い,出口付近の上昇圧Pmが時間とともに一様に増加するマグマ溜りを考える(図1).Pmが地殻の破壊強度をこえた時点で噴火が始まるとし,破壊強度とつりあう上昇圧の上限値をPuとすると,休止期間においてはPu≧Pmであり,噴火によってPmは減少し,下限値Plに至る.このときのPm降下量は,仮定(B)によって噴出量に比例する.

図1 単純化した火山下のマグマ供給/排出系の概念モデル.マグマ溜りの出口付近における静水圧と浮力の合力として,上昇圧Pmを考える.

 時間予測型:ここでPuが一定,Plが噴火毎に異なるとすれば,Plの小さい(つまりPmの降下量が大きい=噴出量の大きい)噴火ほど次の噴火までの休止期間が長くなり,階段図は時間予測型となる(図2A).
 Pu一定は,地殻の破壊強度がいつも一定であることを意味する.Pl(つまり噴出量)が噴火のたびに異なるということは,噴火毎に噴火終了の条件が異なることを意味する.噴火終了の内的な要因として(1)マグマ溜り内マグマの体積減少による静水圧の低下,(2)マグマ溜り内マグマのガス抜け(または温度低下)による浮力の低下,(3)マグマの冷却や内壁の崩壊による火道の閉塞,(4)マグマ溜り内のマグマがすべて噴出してしまう,の4つが考えられる.このうち(2)や(3)は,たとえ噴火毎のマグマ中の揮発性成分量が一定であっても,火道の幅や形状,火道内壁の浸食速度,脱ガスの容易さなどの,偶然をふくむ複雑な要因が絡みあって支配されるだろう.よって噴火終了の条件が(2)や(3)である場合にPlが変動し,噴出量は噴火毎に異なると思われる.

図2 噴出量の累積変化からみた火山の類型とその成因を説明するモデル(小山・吉田,1994).下図(実線)が累積噴出量,上図(実線)が上昇圧Pmの時間変化をあらわす.A:時間予測型.Pu:Pmの上限値.B:完全周期型.Pl:Pmの下限値.C:噴出量予測型.

 完全周期型:Puに加えてPlも一定であるとすれば,Pm降下量(つまり噴出量)はいつも等しくなり,階段図は完全周期型となる(図2B).
 Pl一定は,噴火終了条件がいつも一定であることを意味する.噴火終了条件のうちの(1)と(4)は,マグマ供給系の内部構造が変わらない限り噴火毎に変動する必然性はないと思われるから,条件が(1)または (4)の場合にPl一定となるのだろう.
 噴出量予測型:時間予測型とは逆に,Plが一定,Puが噴火毎に変化するとする.この場合,Puが大きい時ほど噴火に至るまでの休止期間は長くなり,結果として次の噴火の際のPm降下量と噴出量が大となり,階段図は噴出量予測型となる(図2C).
 Puの変動の原因としてもっとも考えやすいのは,地殻の破壊強度の変動である.破壊強度変化の原因として,火道の閉塞の程度が噴火毎に異なる,地殻応力場の変化(後述),の2つが考えられる.
 不規則型:実際の火山の階段図には不規則な形状のものが多い.不規則型の階段図は,他の3種の階段図が貫入事件によるマグマ溜り内マグマの消費(東伊豆,三宅島),マグマ溜り内マグマの物性・組成の変化,地下深部からのマグマ供給率の変化(富士山),マグマ供給系の構造の変化(十和田),性質の異なる小規模噴火(伊豆大島),地殻応力場の変化,などの影響によってモディファイを受けた結果として説明可能である.

2.地殻応力場の影響
 このうちの地殻応力場変化の結果としては(1)マグマ溜り内マグマの静水圧または浮力(あるいは両方)の変化が生じ,結果としてPmが変化する,(2)地殻の破壊強度が変化し,それに応じてPuが変化する,のどちらか(または両方)が考えられる.
 このうちの(1)においてPmが増加する場合には次の噴火時期が早められ,その時点以降の階段図は,時間予測・完全周期・噴出量予測のいずれの型においても上方にシフトすることになる.また,Pmが減少する場合には次の噴火時期が遅められ,その時点以降の階段図は下方にシフトする(図3).また(2)においては,ベースとなる型によって階段図のモディファイのされ方が異なり,さらに地殻応力場の変化が火道の開口を手助けしてPuが下降する場合と,火道の開口を妨げてPuが上昇する場合とで,階段図のシフトの方向も異なる.

図3 地殻応力場の変化によって時間予測型の噴出量階段図が下方にシフトする2つの場合(小山・吉田,1994).A:地殻応力場の変化が上昇圧Pmの減少をもたらす場合.B:地殻応力場の変化がPmの上限値Puを増加させる場合.

 図3の階段図シフトの実例とみられる現象がアラスカのPavlof火山で観測された.Pavlof火山は,アラスカ半島先端付近の火山フロントに位置する玄武岩質の成層火山である.McNutt and Beavan (1987) は,Pavlofの1973〜84年に起きた9回の噴火の噴出量階段図を描き,本来は時間予測型である階段図が,1978〜80年の間にアリューシャン海溝に沿う沈み込み帯で生じたdeep aseismic slipにともなう歪変化によってモディファイを受けたと推定した.彼らの計算によれば,aseismic slipがPavlof火山の地下に与えた膨張歪の量は,ちょうど階段図のシフト分に相当するそうである.
 以上のように,地殻応力場の変化は火山下のマグマ供給系におけるPmまたはPu(あるいは両方)を上下させ,噴火時期を遅めたり早めたりする影響をもたらし,結果として階段図の形状を変化させ得ると考えられる.このことから逆に,階段図の形状の変化を注意深く読みとることによって,その火山に加えられた過去の地殻応力場変化の有無や性質をみつもることが,原理的には可能である.

3.調査・観測の方法
 以上述べたように,噴出量階段図は,火山下のマグマ供給/排出システムの構造や進化を調べる新しい視点を導入するとともに,噴火の引き金となるメカニズムを推定する鍵となり得る.また,言うまでもなく噴出量階段図は,噴火時期と噴出量の中長期的予測のための基礎資料として重要である.しかし,日本の多くの火山においては,噴出量階段図を描く上で必要な個々の噴火の年代・噴出量という基礎データすら整備されていないのが現状である.この点については地質学者の奮起を期待したいが,野外地質学者を育成し活躍させ得る環境・基盤の整備や,個別火山の噴火史研究に対する学界の理解も必要である.
 地殻応力場の影響については,この種の現象の観測・研究にもっとも適した火山として伊豆大島を挙げたい.伊豆大島火山はプレート沈み込み/衝突境界の近傍に位置するため,頻繁に起きる中大規模地震による応力場の変化につねにさらされており,近い将来には小田原地震による大きな応力変化も期待できる.また,周辺で起きた中規模地震にともなう地殻歪が実際に伊豆大島火山の活動に影響を与えた証拠が,観測データから見つかっている(山岡,1994).伊豆大島の噴火頻度は高く,噴出量階段図と地殻応力場の関係を調べるのに絶好の火山である上,充実した観測所と観測網がすでに存在する.
 伊豆大島火山の噴火史はすでに詳しく調査されているが(小山・早川,1993;小山,1994など),カルデラ内を埋めた溶岩量の推定が困難なため正確な噴出量階段図を描くことができない.このため,近傍で起きた大地震が伊豆大島の噴火史にどのような影響を与えたかは明確でない.また,今後も起きるであろう地殻応力場の変化と火山への影響をくわしく調べるためには,地殻応力/歪の面的な広がりや噴火前後の変化を知る必要があるが,そのための観測は現状では十分と言えない.高田(1994)の言うように,火山体内における細かな応力/歪分布がわかれば,次回の噴火の際に側噴火火道が開く位置をあらかじめ予測できる可能性もある.
 以上をふまえ,今後重点的におこなうべき調査・観測項目として,
1.カルデラ内複数点の掘削調査によるカルデラ形成・埋積史の確立,埋積溶岩流量の推定
2.島全体をおおうGPS観測網,島全体にわたる複数点における体積歪計の設置と現場応力測定の実施
の2点を提案したい.

文 献


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