(地球惑星科学関連学会1999年合同大会予稿集)
天変地異記録媒体としての六国史の解析
生島佳代子(静岡大・教育・小学校教員養成課程)・小山真人(静岡大・教育・総合科学)
An analysis of Rikkokushi (six Japanese chronicles in the 7-9th
century) as record
media of natural disasters
文献史料にもとづく自然災害史研究において,各時代の自然災害発生
状況を正確に知るためには,個々の史料の記録欠落期間や記録特性を把
握する必要がある.本研究は,飛鳥〜平安前期の基本史料である六国史
について,その天変地異記録媒体としての性能と限界を明らかにした.
792〜833年の期間では,当初あった情報の77%が史料散逸によって欠落
しているとみられる.総情報量と自然現象に関する情報量(文字数とし
てカウント)は,どちらも概して時代が新しいほど多い. 六国史の最初
部分(日本書紀)と最末部分(日本三代実録)とでは,総情報量に12倍
の差がある.総情報量は,史料撰者の替わり目で不連続的に変化してい
る.
We counted the number of characters (i.e. an amount of information)
in
Rikkokushi, which are the most important chronicles describing
the Japanese
history mainly during the 7-9th century, and examined the ability
of Rikkokushi for
recording natural phenomena, which include earthquakes and volcanic
eruptions. In
Rikkokushi, a total amount of information increases with time
except for the period
between 792 and 833 A.D., where 77% of original descriptions were
lost by war
or fire. The total amount of information in the final part (Nihon
Sandai Jitsuroku) is
twelve times more than that in the biginning part (Nihon Shoki).
Information about
natural phenomena shows similar tendency of increase. The total
amount of
information also varies coincidently with changes of document
editors.
これまでの文献史料にもとづく自然災害史研究の多くは,原史料から
機械的に抜き書きされた天変地異記録をベースとしておこなわれ,その
記録の件数や内容にもとづいて各時代の自然災害の特徴や盛衰が検討さ
れてきた.しかし,厳密には各時代における史料自体の欠落期間や,自
然現象に対する史料の記録特性が把握されていなければ,その時代の自
然災害発生状況を正確に知ることは困難である.本研究は,飛鳥・奈
良・平安時代初期にかんする(ほとんど唯一の)基本史料である六国史
を対象とし,六国史から得ることができる総情報量と,それに占める自
然現象に関する情報量とその内容の変遷を求め,天変地異記録媒体とし
ての六国史の性能と限界を明らかにすることを目的とした.
六国史は,当時の朝廷によって編纂された6つの連続する編年体歴史
書であり,古い順に『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後
紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』と呼ばれ,すべて漢文で記
述されている.六国史には,当時流行した天人相関思想(天皇の徳の有
無がさまざまな自然現象となって現れるという思想)の影響を受けて,
天変地異記録が数多く集められている.六国史が扱っている期間は神代
(神話時代)から仁和三年(887)八月までであるが,『日本書紀』の編
纂が命じられたのが天武天皇十年(681)であることから,本研究は六国
史の中でもとくに記録の豊富な『日本書紀』の天武天皇元年(672)条か
ら『日本三代実録』の末尾までを対象とし,記録量・情報量を文字数と
してカウントした.
まず各史料の序,各巻頭の書名,天皇の名号だけを除いた総記録量
と,総記録量よりさらに天皇の即位紀,人物伝記,日付等を除いた総情
報量を求め,両者の時間的変遷および記録の欠落期間を求めた.総記録
量に占める総情報量の割合は,各史料とも90%前後である.『日本後
紀』は延暦十一年(792)一月から天長十年(833)二月までの41年1ヶ月
間を扱っているが,そのうち記録が現存するのは9年7ヶ月分であり,全
体の23%でしかない.1年間の記録が完全に残っている年は6年しかな
く,弘仁七年(816)一月から天長十年(833)一月までの後半17年1ヶ月
分は記録が連続欠落している.
六国史を全体的に見ると,概して時代が新しいほど情報量が多い.各
史料の扱う期間内における1年毎の総情報量の平均値は,『日本後紀』
『日本三代実録』においてそれぞれ7485文字/年と11527文字/年であ
り,956文字/年しかない『日本書紀』と比べてそれぞれ7.8倍と12倍であ
る.また,情報量はそれぞれの史料境界(すなわち撰者の替わり目)で
不連続的に変化し,史料内ではさほど大きな変化がないようにみえる.
ただし『続日本紀』については,その後半部分を編纂した撰者たちが当
初30巻あった前半部分についても20巻に縮小・再編纂したことが知られ
ており,前半と後半とで1年毎の総情報量の平均値に2.4倍の差がみら
れ,後半の情報量が多い.
次に,総情報量中に占める「自然現象に関する情報量」の時間的変遷
を求めた.「自然現象に関する情報量」とは,天体食・彗星・流星や
日々の天候などの無被害の現象に加え,地震,火山活動,飢饉,疫病,
旱魃の記述とそれらに対する対策や祈願,祥瑞(天人相関思想にもとづ
いて吉とされる現象.珍しい気象・動物の出現など),ならびに自然現
象が原因でなされた改元記録など,自然現象に少しでも関係がある記録
すべてのことである.自然現象に関する情報量は,概して時代が新しい
史料ほど増加しているようにみえ,『続日本紀』後半は『日本書紀』の4
倍,さらに『続日本後紀』は『続日本紀』後半の3倍となっている.ただ
し,自然現象に関する情報量が総情報量に占める割合は,『続日本紀』
前半で10%,『続日本後紀』で14%と多いが,『続日本紀』後半では6.
2%,『日本後紀』では5.4%にとどまっている.
現在,自然現象に関する記録について,現象の種類毎の時間的変遷を
求めつつあり,各史料における自然現象の記録特性をさらに明らかにで
きると考えている.