地球惑星関連学会2000年合同大会(東京)予稿 (セッション:地学教育)


専門家の用語法や説明法に潜む伝達技術上の問題

―地震のマグニチュードはなぜ市民に理解されにくいのか―

小山真人(静岡大学教育学部) 里村幹夫(静岡大学理学部)

Unrecognized problems in education method for natural disasters: why cannot citizens understand the earthquake magnitude well?

地震のマグニチュード(M)の意味が,未だに市民に十分理解されていない. 1.「地震」という言葉自体に(1)地下で生じる急激な破壊現象,およびその結果としての(2)地面のゆれ,の2つの意味がある.市民は震度とMをともに(2)の尺度としてとらえてしまい,専門家の説明を正しく理解できない場合が多い.今後「地震」の意味を(2)に限定し,(1)には「震源破壊」などの別の言葉をあてるのがよい. 2.「地震は地下の断層破壊で生じ,Mはその断層面積の目安である」と説明し,Mの値に対するおおよその断層面の広がりを付け加えれば,エネルギーの概念を解さない人を含む多くの市民にMの防災上の意味が理解可能と思われる.

In spite of repeated explanations, Japanese citizens have not understood well the meaning of earthquake magnitude as well as the difference between magnitude and seismic intensity yet. This is because many of them recognize the term "earthquake" only as trembling of the ground and cannot image the source faulting. To improve this situation, specialists should limit the term "earthquake" to the ground motion and use some other word (e.g. "source rupture") for the source process. Specialists should also use the explanation that magnitude reflects the area of a source fault, and show a numerical value of fault size corresponding to each magnitude value. Such explanation gives better understanding of magnitude to many citizens, even if some of them cannot understand the concept of energy.  

 小山(1999,科学)は,地震学や火山学が防災・減災に十分役立っていない原因のひとつとして,専門家から一般市民への情報伝達方法の未成熟性を指摘した.自然災害にかんする基礎知識の市民への普及という観点でみた場合,現在の専門家の用語法や説明の仕方自体に伝達技術上のさまざまな問題が潜んでいると考え,その一例を指摘したい.専門家(ここでは研究者・行政官・学校教員などをさす)は,地震の大きさを測る尺度としての震度とマグニチュード(以下,M)の違いを,機会あるたびに解説してきた.しかしながら,とくにMの意味が,いまだに市民に十分理解されているとは言い難い.

1.「地震」の意味の混乱解消を

 すでに指摘されているように(石川,1996,地震学会NL;石橋,1997,岩波ブックレットなど),「地震」という言葉自体に(1)地下で生じる急激な破壊現象,およびその結果としての(2)地面のゆれ,の2つの意味がある.Mは(1)の尺度,震度は(2)の尺度である.専門家は「地震」を主に前者の意味で用いるが,一般市民のほとんどは(古来から)後者の意味で用いている.このため,市民は震度とMをともに(2)の尺度としてとらえてしまい,専門家の説明を正しく理解できない場合が多い.また,このことを意識した上で市民に説明する場合,「地震」には(1)の意味もあることから説明を始め,「地震」を使用するたびに意味の明示が必要となり,煩雑である.もともと専門家の使う(1)の意味での「地震」は専門的かつ特殊な用法であり,それを市民に押しつけてきたために現在の混乱と煩雑さを招いたとも言える(Mとその数値表現自体が専門用語の押しつけとの考えもある:島崎,1996,地震学会 NL ).

 この問題を解決するためには「地震」の意味を(2)だけに限定し,(1)に対してはなるべく「地震」以外の言葉を使用するのがベストだと思われる.「ずれ破壊」(石川,1996)あるいは「断層破壊」「震源破壊」などでよいかもしれない.この提案とは逆に(2)に「地震動」を使い,「地震」を(1)に限定したほうがよいとの考えもある(石橋,1997).(1)の意味での「地震」は専門家の押しつけではなく,自然の理解が進んだ結果生じた,社会全体の財産としての用語法変化との主張である.しかし,それならば長い時間かけて解説してきたはずのMの概念は,なぜ社会に(静岡県ですら)未だに浸透しないのだろうか.どこかに根本的問題があると思う方が自然である.

2.震源断層面積の目安としてのマグニチュード解説を

 これまでMは,漠然と「地震の規模」,あるいは「地震のエネルギー」のように説明される場合が多かった.しかし,「地震」を地面のゆれと解釈しがちな市民にとって,そのような説明では震度との違いが理解できないのは無理からぬことである.また,エネルギーは,非専門家にとっては高度かつ抽象的すぎる概念である.本当に市民のほとんどにMを周知したいのなら,小学生にもわかるような解説が必須であろう.Mと震度をそれぞれ電球の光度と照らされる面の照度にたとえる方法が,昔からよく用いられている.しかし,このたとえは,地震波の発生源をつねに点と考えさせてしまう弊害を生みやすく,防災上以下のような難点がある.

(1)Mの値から被害域の広がりをイメージしにくいために,災害対応を誤りやすい(現実に,明石海峡という震央とM7.2の値から,神戸の被害を瞬時に洞察できた人間は少なかった).

(2)震源に近ければ近いほど,あるいはMの値が大きいほど,単純に地震のゆれが大きくなるという妄想を与えやすく,災害対応を誤りやすい.

 以上のような問題をふまえ,今後のM教育のためには震源断層運動の概念を積極的に利用すべきと考える.もともとMは,震源から一定距離にある地震計の振幅を数値化したものであり,地震の物理像にもとづいた量ではなかった.現代地震学では,ほとんどの地震は震源断層運動によって生じることがわかっている.震源断層運動の規模の尺度は地震モーメント(=剛性率×震源断層の面積×すべり量)である.地震モーメントは震源断層運動によって発生する地震波の総エネルギーとほぼ一定の関係にあり,地震モーメントを求めた上でM(モーメントマグニチュード)に換算することもできる.

 断層面積とすべり量は,相似則によってほぼ一定関係にあることが知られている.よって,Mの平易かつ効果的な説明法としては「地震は地下の(震源)断層面の破壊で生じる.Mは,その断層面積の目安である」と説明し,「M6でだいたい10km,M7で30km,M8で100kmにわたって広がる断層面が破壊し,そこから地震波が発生する」と付け加えれば,エネルギーの概念を解さない人を含む多くの市民に,Mの防災上の意味が理解可能と思われる.


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