('95 PCカンファレンス講演要旨)

地震・火山学研究とインターネット

小山真人(静岡大学教育学部地学教室)

 最近,地震・火山学研究においてもインターネットは非常に大きな役割を占めるようになった.その実例のいくつかをここに紹介し,問題点を述べる.

1.はじめに
 日本においては,地震予知や噴火予知のための観測・研究に多額の予算が組み込まれ,膨大な量の観測・解析結果が日ごとに得られつつある.しかし,データ公開のための組織や予算がほとんどないこと,技官や事務官の不足によって個々の研究者が雑用に追われて時間的余裕がないこと,研究組織が多省庁間にわたることによって生じる立て割り行政の壁,金は出してもポストはつけない政府の方針などが相まって,数多くの貴重なデータが一般国民ばかりか他の研究機関の研究者の目にふれることすらなく眠っているのが実状である.
 しかしながら,最近の研究機関へのインターネットの急速な普及によって,このような状況がやっと好転する兆しを見せている.インターネットは電子メール,ニュース,anonymous ftp,WWWなどの高度に合理的な情報流通手段を提供したため,情報の交換や公開のための労力と予算上の負担が激減したからである.

2.電子メールとメーリングリスト
 研究者間の日常の議論の場やデータ交換における電子メールの利便性はもはや言うまでもないだろう.電子メールユーザーにとって,有無を言わさず仕事を妨害する電話や,紙屑の山を作るFAXは前時代の遺物である.
 多数の研究者間の情報交換や議論の場としてメーリングリストが大きな役割を占めている.メーリングリストは,特定のサーバに電子メールを送るとそのメールがメンバー全員に自動配布されるシステムである.地震・火山学分野のもっとも活発なメーリングリストとして,日本地震学会の若手研究者が中心となって設立されたパンダネットがある.
 パンダネットは1993年6月に創設され,1995年4月時点のメンバー数は約250,平均メール流量は5.2通/日である.内容は自己紹介,セミナー案内,各種専門的質問と回答,地震速報,メンバー間の議論などであり,テーマは地震に限らず火山,惑星,気象,海洋,コンピュータ,単なるジョークなど多岐にわたっている.研究上困った時はパンダネットに質問を流すと,必ず誰かが答えてくれるという強い味方である.また,突発的事態が生じたとき,信頼性の高い情報を得る手段として絶大な威力を発揮する.大きな地震の震源やメカニズムの情報などは,たいていすぐ知ることができる.
 1995年1月17日の夕方,全国の地震研究者を対象とした兵庫県南部地震専用のメーリングリスト「hyogo」が東京大学地震研究所をサーバとして開設された.流れた情報の内容は,各研究チームの観測予定の告示,観測結果速報,観測方法や結果にかんする議論,道路情報などであり,設立当初のメール流量は数十通/日と膨大であった.各研究機関や研究者の合理的かつ円滑な観測・研究をおおいに助け,研究結果に対する共通理解の促進や問題点の明確化に多大な貢献をあたえたと思われる.

3.anonymous ftp
 電子メールでの公開に適さない大量のテキストやテキスト以外のファイルの公開手段としてanonymous ftpを用いる研究機関が増えてきている.anonymous ftpは,サーバ内の特定部分を不特定多数の外部のインターネットユーザーに公開し,ファイルの転送許可をあたえるシステムである.たとえば,東京大学地震研究所のサーバからは,兵庫県南部地震に関して各研究機関が観測した余震の震源データ,余震分布や活断層分布等のポストスクリプト画像ファイルなどが公開されている.

4.WWW
 近頃インターネットと言えばWWWの画面を連想させるほど,WWWが有名になっている.WWWは,インターネット上で画像・音声・動画をふくむマルチメディア情報を公開するシステムであり,解説文とともに図や画像を直接見られる点でインパクトがある.WWWによる画期的な情報公開の例として,国土地理院のサーバ上にある地震予知連絡会のホームページがまず挙げられよう.ここでは地震予知連絡会の定例会議後にマスコミに配布された資料を自由に閲覧できるようになっている.
 従来,観測データに興味はあっても予知研究機関に属していない研究者にとっては,予知連に出された最新情報を公式に入手する術がなかった.そのため,それらの研究者よりも予知連を取材したマスコミの方が詳しい情報をもつ結果となり,歯がゆい思いを味わっていた.こうした状況が改善されつつあることは大変喜ばしく,関係者の努力に心から感謝したい.国土地理院のほか,工業技術院地質調査所,東大地震研,科学技術庁防災科学技術研究所など多くの研究機関がWWWでの情報公開に意欲を見せ始めている.
 これまで世界のどこかで大きな地震や火山噴火が突発的に生じた場合,すぐに得られる情報はマスコミを通じてのものに限られていた.インターネットはこのような状況も変えつつある.たとえば1994年9月に起きたラバウルの噴火ではミシガン工科大学などの主として米国の大学のWWWサーバがいちはやく情報を発信し,日ごとの噴火の状況や,噴煙の衛星写真などが大量に公開されたため,噴火の推移を手にとるように把握することができた.

5.問題点
 以上のように状況はよい方向に進み始めたことは確かであるが,問題点も多い.第1に,インターネットの普及によって,以前ほど労力を必要としない情報公開が可能となったが,それでもまだひと握りの研究者の(本来の業務とは異なる)献身的なボランティア活動に依存する場合がほとんどである点が挙げられる.たとえば,上述した地震予知連のサーバは,まだ予知連という組織自体から公式のサポートを受けていない段階だという.より本格的・定常的なデータ公開のためには,各研究機関内にデータ公開を専門とする組織や人員を用意したり,データ公開にかけた労力を業績として正当に評価するようなシステム作りが必要である.
 第2に,地震・火山にかんする情報が,状況によっては取り扱いに注意を要する内容をふくみ得るという点である.速報として公開されたデータには本来なされるべき補正がなされていない場合が多いし,そもそも観測の精度をよく理解していなければデータの解釈を誤ることもある.しかし,このような点を十分理解しない人々や心ないマスコミによってひとり歩きした解釈が,最悪の場合には社会不安を引き起こす可能性をつねに考慮していなければならない.この問題を解決するためには,情報伝達の仕方に対する研究者側の配慮だけでなく,マスコミ関係者や一般国民の地震・火山観の成熟がぜひとも必要である.そのための啓蒙活動の媒体としての役割もインターネットは担うべきである.


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