伊豆新聞連載記事(2012年3月18日)

伊豆ジオパークへの旅(92)

大地の公園(13)アイスランドの火山公園(4)

火山学者 小山真人

 

 アイスランド初の世界ジオパークであるカトラ・ジオパークは、アイスランド南部の3つの自治体(ランガルシンク・エイストラ、ミルダルスフレップル、スカフタルフレップル)から構成されている。このうちの前2者が、前回まで述べてきたエイヤフィヤトラヨークトル火山一帯とカトラ火山の南部を占める。残りのスカフタルフレップルは、カトラ火山の東部からヴァトナ氷河の南西部までを占める広い自治体であるが、ここにも大きな見どころがある。ラカギガルとエルトギャオと呼ばれる2つの火口列である。両火口列ともに山岳地帯の奥深くにあるため、四輪駆動車を使ったツアーに参加することをお勧めする。
 ラカギガル火口列は、ヴァトナ氷河の南端から南西に伸びる全長25キロメートルの長大な噴火割れ目であり、火口の数は130に及ぶ。1783年6月8日から8ヶ月続いた噴火によって流出した途方もない量(140億立方メートル)の溶岩流は海岸付近にまで達したが、さほど爆発的な噴火ではなかったために、噴火そのものによる犠牲者は出なかった。しかし、噴火後になってから深刻な災害が起き始めた。その主犯は、溶岩や火山灰ではなく、おびただしい量(1億4000万トン)の火山ガスであった。その中には大量の硫黄酸化物が含まれており、それらは硫酸の霧となって大気中をただよい、その一部は酸性雨となって地上に降りそそいだ。また、大気中の霧は日射をさえぎって、気候の寒冷化を引き起こした。この毒の霧と雨により、アイスランドではまず水や植物が汚染され、次にそれを食べた家畜が死んだ。異常低温が、家畜や人間の健康悪化と食糧難に拍車をかけた。結果として1783年からほんの数年の間にアイスランドの家畜の50%と、人口の20%が失われた。
 偶然にも1783年は、浅間火山でも大規模な噴火(天明噴火)が起きた年である。それから数年間、史上有数の飢饉である「天明の飢饉」が日本を襲い、死者数は100万人に及ぶと言われている。この飢饉を引き起こした寒冷化の犯人として、かつては浅間火山が疑われたが、その噴出物中に硫黄酸化物がとくに多かった証拠は認められていない。ラカギガル噴火の火山ガスに起因する北半球全体の寒冷化が、天明の飢饉を引き起こしたと考える方が理にかなっている。
 なお、エルトギャオ火口列は、10世紀にラカギガル火口列と同様の大規模な割れ目噴火を起こし、200億立方メートルの溶岩を流出した。火口列の全長は30キロメートルにわたり、ラカギガル火山列の北西側に並行しつつ、南西のカトラ火山に向かって伸びている。

 

ラカギガル火口列。手前の火口の左側のふもとに見えているのは四輪駆動の観光バス。

 

エルトギャオ火口列の噴火割れ目

 

 


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