伊豆新聞連載記事(2012年3月4日)
火山学者 小山真人
アイスランド最大のヴァトナ氷河の南西に、少し小さめのミルダルス氷河がある。この厚い氷の下に「カトラ」と呼ばれる火山が隠れている。伝説によれば、カトラはクレバスの奥深く隠れている魔女の名前である。歴史上ひんぱんに噴火をくり返した悪名高い火山であるが、1918年の噴火を最後として眠りについてしまった。
ミルダルス氷河の西隣に、さらにもうひとつ小さな氷河がある。この下に隠れているのが、エイヤフィヤトラヨークトル火山である。200年近く活動記録のなかった火山であるが、2010年3月20日に突然噴火を始めた。最初の噴火は東斜面の岩場で起き、おだやかな溶岩流出が続いた。しかし,4月14日に厚い氷河におおわれた山頂で新たな噴火が始まり、溶けた大量の水とマグマが反応して爆発的な噴火となった。この噴煙は高度1万メートルに達し、南東に流されてヨーロッパ大陸の上空を漂った。このため、欧州のほぼ全域の空港が数日間にわたって閉鎖される異常事態となり、日本でも連日報道されたことは記憶に新しい。火山灰の吸入によるエンジントラブルが心配されたからである。しかし、その後の噴火の衰えと厳しすぎた運航規則の改訂によって航空路線は再開され、噴火自体も6月下旬に終了した。この火山の歴史時代の噴火記録は1612年と1821〜23年の2度のみが知られているが、両噴火の直後に隣のカトラ火山でも噴火が起きた点が注目されている。今回もカトラ火山の連動が心配されたが、いまのところ眠れる魔女は目を覚ましていない。
平時には雄大で美しいアイスランドの氷河も、突発的な大災害を引き起こすことがある。そのもっとも顕著な例が「氷河バースト」である。氷河バーストは、火山活動の熱によって氷河の底に融水塊ができ、それが氷河の末端から突然あふれ出す現象である。その勢いはすさまじく、大量の岩塊・氷塊・土砂と水とが一体となった流れが、下流にあるものを根こそぎ破壊することになる。エイヤフィヤトラヨークトル火山の2010年噴火でも大規模な氷河バーストが起き、下流の幹線道路が寸断された。ただし、その年の8月に筆者が訪れた際には、道路はすでに復旧しており、いつも通りの火山観光が楽しめた。航空路を何日も停めたわりには、火山の位置と風向きが幸いして、アイスランド国内の被害はさほど大きくなかったのである。
2011年9月、エイヤフィヤトラヨークトルとカトラの両火山、ミルダルス氷河とヴァトナ氷河の一部を含むアイスランド南部一帯が、「カトラ・ジオパーク」として認定された。アイスランド初の世界ジオパークの誕生である。
2010年に噴火したエイヤフィヤトラヨークトル火山の山頂火口。本来は氷河におおわれて真っ白だった場所だが、火山灰におおわれて黒々としている。
となりのミルダルス氷河。この下にカトラ火山が隠れている。