伊豆新聞連載記事(2012年2月5日)
火山学者 小山真人
ジオパークの4つめのメリットは、地域の経済活動への貢献である。その第一として、「保護と活用の調和」という利点が挙げられる。ジオパークは世界遺産のように保護を主目的としたものではなく、保全と活用による地域振興を明確にうたっているため、世界遺産のような厳しい開発規制を受けない(本連載第2回)。保全すべき地区や事物を明確に区別した上での開発と活用が可能となっている。
第二は、地域の産業遺構・余剰施設・人材の有効利用である。ジオパークでは、これまで何の価値もないと思われていたもの、たとえば一般には負の遺産として考えられがちな採石場跡地、鉱山の廃坑、露岩のままの崖や切り割りでも、それがジオサイトとして価値あるものなら観光や教育の対象として大いに活用できる。また、廃校となった学校の校舎や、利用実績の上がらない既存施設も、交通の便さえ良ければジオパークのビジターセンター等として活用が可能である。さらに、伊豆には定年後に移り住んでくる人材も多い。その中にはさまざまな知識やスキルをもつ人が多いため、ジオガイドを始めとしたジオパークを支える人材の確保につながる。
第三は、新たな観光資源・ルート・スタイル・イベントの創出である。ジオサイトは、既存の観光地を指定する場合もあれば、全く新しい箇所を指定する場合もある。これまで観光ルートから外れていた候補地も多いため、新たな観光ルートが開発できる。また、既存観光地の場合も新たな価値づけをおこなうことによって来訪者を増やせるだろう。また、地元のジオガイドの案内によって観光地を回るという、日本では例の少なかった観光スタイルが定着する可能性もある。さらに、ジオパークに関連したさまざまなイベントや国内・国際シンポジウム等の集客事業を継続的に創出・開催していくことも可能となる。
上述した第二の点から早急に保全したい大型遺構の例として、伊豆の国市高塚山のスコリア採取場(本連載第1部第45〜46回)、西伊豆町宇久須の伊豆珪石鉱床(同39回)、伊豆市土肥の清越(せいこし)鉱山(本連載第25回)などが挙げられる。伊豆市瓜生野(うりゅうの)にあった大仁金山の建物群は、残念なことに近年解体された。下田市の旧南豆(なんず)製氷所も解体の危機にあると聞くが、その壁の石材は太古の海底火山が噴出した軽石と火山灰の地層を切り出したものであり、波や海流がつくった美しい縞模様が刻まれている。かつて下田の街並みの各所に見られた石材であるが、今では希少な例となってしまった。つまり、南豆製氷所は貴重な産業遺構としてだけでなく、火山と共存・共栄してきた伊豆の人々の歴史の証、すなわちジオパーク資産としても末長く保全すべきものである。
下田市内に残る倉の例。左はよく知られた「なまこ壁」のもの、右は海底火山の火山灰層を石材としたもの。「なまこ壁」だけが価値あるものと思わないでほしい。海底火山灰の石材を使う文化があること自体が、世界的に見て大変貴重である。
海底火山灰の石材が、下田市内の民家の壁に使用された例。白い軽石と灰色の火山灰が織り成す模様が美しい。