伊豆新聞連載記事(2011年11月13日)
火山学者 小山真人
今年は東日本大震災があったために防災に関心が集まり、さらには伊豆東部火山群への噴火警戒レベルが導入されたこともあって、第51回以来ずっとジオパークと防災の話を続けてきた。しかし、あまり防災のことばかり考えていると疲れてしまうので、少し頭を休めよう。本連載の第3〜6回にフランスのオーヴェルニュ地方にある火山公園のことを書いた。この夏、ここを15年ぶりに訪れたので、現地の情報を追加紹介する。
オーヴェルニュ地方の首府であるクレルモン・フェラン市から南東100キロメートルほどの高原地帯の谷あいに、ル・ピュイという町がある。この一帯にも、伊豆東部火山群と同じ小型の火山(単成火山)が500個ほど群れをなしている。見渡す風景の至るところに見られる小さな丘のすべてが火山の産物という、まさに「火山の国」である。中でもル・ピュイの町の景観は特筆すべきものであり、市街地の中や周辺に奇怪な形の岩峰が立ち並び、それらひとつひとつの上に礼拝堂や巨大な聖母像などが建てられている。この連載の読者なら、そろそろお気づきであろう。これらの奇岩は「火山の根」である(本連載第1部第17回参照)。つまり、火山の芯にあたる硬い部分(火口直下にあったマグマの通り道=火道)が、後の浸食によって洗い出されたものであり、伊豆の国市の城山(じょうやま)や松崎町の烏帽子山などと同じでき方をしたものである。
ル・ピュイ付近でとくに見事な火山の根は、市街地にそびえるサン・ミシェル・デギュイユ岩峰である。この奇岩は高さ80メートルの絶壁に囲まれた釣鐘形をしており、その山頂には11世紀に建てられた石造りの礼拝堂がある。険しくて登れなさそうに見えるが、参拝客のためのしっかりした石段があり、山頂から素晴らしいパノラマを楽しめる。石段を登る途中の岩肌には、浅い海底での爆発的な噴火(水蒸気マグマ噴火)の産物である急冷された火山れきの地層や、それを貫く岩脈が観察できる。今回いたく感心したのは、それらを解説する美しい看板がきちんと設置されていたことである。もちろん礼拝堂の歴史学的・宗教学的位置づけや、礼拝堂をつくる石材の建築史・美術史的価値を説明する解説看板などもある。自然と人間社会の関係を総合的に語る点で、ここはジオサイトの見本と言ってよいだろう。小学生の女の子たちが、看板の説明を一生懸命読んでメモをとっていた。夏休みの宿題でも出たのだろうか。
ル・ピュイの町の3キロメートルほど北西にも高さ50メートルほどの船形をした奇岩があり、その山頂には城が建てられ、奇岩を取り巻くように小さな町がある。この城と町の名前をポリニャックという。この城の支配者ポリニャック家の人々は代々この地方を支配し,17〜19世紀のフランス中央政界で重職をしめた。「ベルサイユのばら」に登場するマリー・アントワネットの親友、ポリニャック伯爵夫人もその一族である。
サン・ミシェル・デギュイユ岩峰。フランスにある「火山の根」の代表格
サン・ミシェル・デギュイユ岩峰のできかたを説明する説明看板