伊豆新聞連載記事(2011年11月6日)

伊豆ジオパークへの旅(74)

伊豆ジオパークの目標(34)ジオパークと防災(24)

火山学者 小山真人

 前回まで21回にわたって、伊豆東部火山群の新しい火山防災システム(「群発地震の予測情報」と噴火警戒レベル)と、それに関連する話題について詳しく説明した。このシステムは世界最先端のものであり、1978年以来の50回近くにわたる群発地震の観測データを積み重ねたことによって実現したものである。このようなことができるのは、現在のところ世界中でたったひとつ、伊豆だけである。どうかこのシステムを住民全員の誇りとして、実際に危機的な状況となった時のことをイメージしながら、災害への備えを少しずつ進めていってほしい。
 しかし、そうは言っても、いつも防災のことばかり考えていては疲れてしまう。防災は、厳しい現実を直視し、地域に潜むリスクをひとつひとつ根気よく対策していく作業である。一方で、観光は、そうした厳しい現実をしばし忘れての休息と言ってもよい。そのような観光客に、観光地のリスクという新たな現実を直視させたくはない。つまり、防災と観光には、そもそも相容れない面があることを、素直に認めなければならないだろう。しかし、観光客の受け入れ側が、観光客と一緒に夢を見てもらっては困るのであり、目立たない形であっても万全の防災対策をとっておかねばならない。ただ、直接の利益に結びつかないことや、災害の発生頻度自体も低いことから、つい他のことが優先されてしまいがちだった点は否めないであろう。
 ジオパークは、こうした防災と観光のジレンマを一挙に解決に導くシステムであると言ってよい。ひとたび牙をむけば厳しい火山の自然も、長い目で見れば私たちに大きな恵みを与えてきたし、現在も与え続けてくれている(本連載第12回参照)。こうした火山の営みや恩恵は、これまでほとんど意識されてこなかった。しかし、その目で改めて身の回りの自然景観(土地利用やまちづくりなどの社会景観も含む)を眺めると、これまで見慣れていた風景が全く異なるものに見える。そうした感動を与えてくれる素材を保全しつつ、観光や教育を中心とした地域の経済・文化活動に生かし、それによって地域振興を図っていくシステムがジオパークである(第43回)。
 地域の景観の意味が読めるということは、その土地固有の災害履歴と将来のリスク、さらには災害によってもたらされた長期的な恵みをバランスよく読みとれるようになったことと等しい。そうした人間が、ジオガイドの養成や、学校でのジオパーク教育によって地域に増加すれば、防災知識と意識の根本的向上をもたらす(第52回)。しかも、それは旧来の重苦しい防災教育と違って、楽しく長続きするから風化しにくい。つまり、ジオパークとは、楽しみながら知らず知らずのうちに災害につよい地域社会をつくるシステムでもある。「防災」と表立って言わないながらも、これまで専門家しかできなかった景観の読み解き方という、防災の核心部分を内包している。特別な意識をせずに地域の防災力を高めるジオパークは、いわば「防災の理想郷」と言ってよいものなのだ。

 

本年度実施されたジオガイド養成講座の様子


伊豆総合高校のジオパーク教育。生徒たちが小学生に風景の読み解き方を教えている

 


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