伊豆新聞連載記事(2011年10月23日)
火山学者 小山真人
前回、「風評被害」を拡大させる過熱報道を防ぐ方策として、行政がすみやかに被害の全体像を把握し、それを公表・説明することによって、報道による偏った被災イメージを是正することが有効であると述べた。
その際に注意すべきことは、どんなに不都合と思われるものでも、正直かつ誠実にすべてのデータを公開し、懇切丁寧に説明することである。この姿勢に少しでも陰りがあると、たとえば伏せられたデータがあったり、行政側に都合のよい一方的な解釈を与えたり、科学的な根拠に乏しい安全宣言や安全キャンペーンなどをすると、それらはすぐに見透かされる。その結果、情報の受け手である消費者や観光客との信頼関係が失われ、警戒心をさらに呼びおこして、ますます被害が拡大するという逆の効果を引き起こすことになる。
仮に初期対応に失敗して報道が過熱してしまったとしても、「人の噂(うわさ)も七十五日」という諺(ことわざ)の通り、やがて時間とともに報道は下火になり、人々の記憶も薄れていく。それをじっと我慢して待つのが正解である。逆に、じたばたと下手な対応や会見などをして、それが再び報道されると、記憶が上塗りされ、ついには「負の烙印(らくいん)」として固定されてしまう恐れがある。最悪の場合、伊豆ブランドの長期低迷をもたらす場合があるので、くれぐれも注意すべきである。
さらに、「風評被害」という言葉は、前回述べたその言葉自体の不正確さもさることながら、もっと大きな問題を内包している。くり返しになるが、「風評被害」とは、本来は安全な商品であるにもかかわらず、過熱した報道によって過剰に警戒感を高めた消費者の自粛行動(不買やキャンセル)によって生じる経済的被害のことである。ここで、「本来は安全であるにもかかわらず」という点がポイントである。
伊東沖の群発地震を例にとれば、マグマがやや深部にとどまる場合の被災危険はきわめて小さいものであり、「群発地震の予測情報」も発表されず、実際に有感地震もほとんど起きないから気にとめる人もいない(本連載第63〜64回の「安全」シナリオ)。問題は、マグマが「浅部」や「ごく浅部」へ上昇した場合である(「注意」および「警戒」シナリオ)。前者の場合には被害をともなう地震が起きる恐れがあり、後者ではそれに加えて噴火災害の可能性が現実味を帯びる。どちらも観光客にとって現実の被災リスクが高まるのである。「注意」シナリオであっても、用心深い観光客なら宿泊をキャンセルする場合もあろう。しかし、それによって生じる経済的被害は、もはや「本来は安全であるにもかかわらず」という条件を満たさないので、上述した「風評被害」の定義から外れることになる。つまり、実害の恐れが少しでもあるものを「風評被害」と呼ぶことはできないし、そうしてはならないのである。
「危機管理マニュアル―どう伝え合うクライシスコミュニケーション」(吉川肇子ほか著、イマジン出版)。非常時における住民や顧客への情報発信法に関する良質の教科書である。