伊豆新聞連載記事(2011年10月16日)
火山学者 小山真人
本連載の第60回で、群発地震に対する観光客の過剰反応の原因として、(1)被害を強調したマスコミ報道、(2)群発地震の位置づけや見通しについての説明不十分、(3)観光客の知識不足、の3つを挙げ、それらの解決方法を論じた。その際に「風評被害」という言葉をあえて使わなかったが、これには理由がある。
「風評被害」という言葉は、1997年に日本海で起きたナホトカ号の重油流出事故の時からマスコミが使い始めた言葉であり、1999年の所沢ダイオキシン報道などによって広まったが、元は学術的あるいは行政的な用語ではなかった。つまり、言葉の定義自体が漠然としており、使用者によって少しずつ異なっていた。その後、東洋大学の関谷直也先生が、初めて「風評被害」の歴史や性格を明らかにする本格的な研究に取り組んだ。この功績によって、関谷先生は2007年秋に日本災害情報学会の学会賞である「廣井(ひろい)賞」を受賞している。この研究成果は、「風評被害―そのメカニズムを考える」(光文社新書)として最近刊行された。一般向けにわかりやすく書かれているので、ぜひ一読をお勧めしたい。
関谷先生の研究にもとづけば、「風評被害」とは、本来は安全な商品であるにもかかわらず、過熱した報道によって過剰に警戒感を高めた消費者の自粛行動(不買やキャンセル)によって生じる経済的被害のことである。「風評」とは悪い噂(うわさ)のことであるが、実際には噂によって広まった被害はほとんど確認できず、大部分は報道によって被害が拡大したことが明らかになった。
つまり、「風評被害」は報道災害であって、人の噂によるものではない。皮肉なことに、「風評被害が起きている」という報道によって、さらに多数の人々が危険を過剰認知し、自粛行動が拡大するのである。また、実際には風評による被害ではないのに「風評被害」と呼ばれるという自己矛盾があるため、この言葉はそもそも使用すべきではない。今後は、「自粛等による経済的被害」などと表現するのが良いだろう。
「風評被害」という名の報道災害を防ぐためには、まずはこうした言葉使いから正すことが重要である。いつまでも「風評被害」などという不正確な言葉を使用している限り、その発生メカニズムや、それを防ぐための方策があいまいになるからである。次に、その被害を実際に拡大させる報道の偏りをいかに防ぐかが、2つめのポイントになる。第60回でも述べたように、マスコミはどうしても被害の大きな「絵になる」場所を選択的に報道していくので、被災イメージが強調されやすい。もちろん「やらせ」的な報道は論外であるが、それが事実の場合は仕方がない。よって、行政がすみやかに被害の全体像を把握し、それを公表・説明することによって、偏った被災イメージを是正していくことが有効である。
「風評被害―そのメカニズムを考える」(関谷直也著、光文社新書)