伊豆新聞連載記事(2011年9月18日)
火山学者 小山真人
最悪のケースとして噴火に至ってしまった場合、何が起きるかを予想しておくことは防災の基本である。「火口が生じる可能性のある範囲」の8割方は海域なので、海底噴火として生じる可能性がほぼ8割で、残り2割が陸上噴火となる。実際に、1989年7月の手石海丘(ていしかいきゅう)の噴火は海底噴火として生じた。このため、気象庁のパンフレット「伊豆東部火山群の地震活動の予測情報と噴火警戒レベル」には海底噴火の図解が示されている。
噴火した場合に何が起きるかは、陸と海の環境の違いのほかに、マグマの性質にも依存する。伊豆東部火山群の分布や噴火史から考えて、「火口が生じる可能性のある範囲」の地下には玄武岩質マグマがあるとみられる。玄武岩質マグマは粘りけが弱いために火山ガスが抜けやすく、比較的おだやかな噴火になる場合が多い。ところが、火口付近に大量の水があると、水と高温のマグマが反応して爆発的な噴火を起こしやすい。このような噴火のことを気象庁は「マグマ水蒸気爆発」と呼んでいるが、「爆発」は単発的な現象をさす言葉であり、噴火を短時間と考える誤解を生みやすいので、ここでは国際的な学術用語phreatomagmatic
eruptionをそのまま和訳した「水蒸気マグマ噴火」を用いる。
水蒸気マグマ噴火は、ニワトリの尻尾のような形の黒い噴煙が特徴であり、大きな噴石(火山弾)を遠くまで飛ばし、「ベースサージ」という危険な現象を起こすこともある。ベースサージは、噴煙の根元から四方八方に広がる、火山灰まじりの横なぐりの爆風のことであり、火口から2キロメートルほど遠方にまで被害を与える恐れがある。また、火山弾も同じくらいの距離にまで到達することがある。このため、「火口が生じる可能性のある範囲」の外周から2キロメートルの範囲を「噴火の影響が及ぶ可能性のある範囲」とし、噴火の危険が迫った際に避難勧告や避難指示を出すことになっている。
実際に、1989年の海底噴火の際には、ニワトリの尻尾状の黒い噴煙が見られたことから、水蒸気マグマ噴火が生じたことが明らかである。幸いなことにベースサージの発生は確認されなかったが、世界的には深刻な推移をたどった噴火もあるので、今後の海底噴火の際には十分な警戒が必要である(本連載第1部第126回参照)。また、こうした海底噴火は、噴火の強度が大きくなった場合や、噴火にともなう海底地すべりや陥没が起きた場合に、津波を引き起こすことがある点にも注意すべきである。
なお、海底噴火が長く続いた場合、噴出物が火口の周りに積もって、ついには小さな火山島が誕生する場合もある。実際に、1963年からアイスランドの南沖で始まった海底噴火で生じた火山島(スルスエイ島)は、その後の波による浸食にたえ、現在でも島として残っている。
伊豆東部火山群の「海底噴火のイメージ図」(気象庁のパンフレット「伊豆東部火山群の地震活動の予測情報と噴火警戒レベル」より)。水蒸気マグマ噴火によって海面上に生じる現象が描かれている。
1989年7月の海底噴火でできた手石海丘の位置と地形(「火山がつくった天城の風景」伊豆新聞社刊より)