伊豆新聞連載記事(2011年7月31日)
火山学者 小山真人
前回まで述べたように、2009年12月に伊東沖で起きた群発地震は小規模なものであり、開始からわずか3日後の20日に地震の原因となるマグマ上昇がほぼ停止した。その後も翌年1月12日頃までぱらぱらと有感地震が起きたが、注意をひくような大きな揺れは起きなかった。それにもかかわらず、年末年始の観光客のキャンセルがあいつぎ、有感地震さえめったに起きない伊豆高原などの宿泊客も落ち込んだ。筆者は、その年末年始を当初の予定どおり伊豆高原で過ごしたが、確かに元旦の夜には通常見られない空室が多くあった。こうした観光客の過剰反応はなぜ生じたのだろうか?
筆者は、震度5弱の揺れが2度続いた後の12月18日夕刻から翌日朝にかけての報道内容が、観光客の過剰反応を招いた一因だったとみている。こうした報道はどうしても被害の大きな「絵になる」場所を選択的に放映していくため、被災イメージが強調されがちである。これを防ぐためには「マスコミはけしからん」と言うだけではあまりに無策であり、正確な被害実態をすみやかに把握し、そのデータを遅延なく公表する姿勢が欠かせない。「18日中に応急的な被害調査を実施し、全体としての被害が軽微であることを懇切丁寧に解説する」と前回述べたのは、まさにそのための方策である。
観光客の過剰反応を招いた2つめの要因は、群発地震の規模の位置づけや活動期間の見通しが説明不十分だったことだろう。この点は、今後「地震活動の予測情報」と火山防災協議会の広報活動によって改善されると思われる。
3つめの要因は、観光客の知識の不足であろう。知識が無いことが、群発地震という自然現象を闇雲に恐れてしまう結果につながるのである。これを防ぐためには普段からの知識普及努力が重要であり、そこで威力を発揮するのがジオパークである。ジオパークは、美しい風景の中に隠された物語を読み解いて楽しむ場所であり、その中には災害の歴史やメカニズムに関する情報も含まれている。つまり、ジオパークは観光客や住民の防災知識を知らず知らずのうちに強化し、自然との共生を深める場所としても位置づけられる(本連載第52回)。つまり、ジオパーク活動を地道に続けることで、住民や観光客の防災知識が底上げされるとともに、観光客の過剰反応も抑えられる。さらに一歩進んで、ジオパークのテーマのひとつ「生きている伊豆の大地」(本連載第10〜11回)を実感する機会として、群発地震を前向きにとらえる者もいずれ現れるだろう。こうした効果を期待し、静岡県、伊東市、伊豆市の地域防災計画には「伊豆半島ジオパーク推進協議会と連携し、観光客等に対して火山に関する防災思想と防災対応を広く普及・啓発する」との一文が付加されることになった。
今年6月9日に開催された伊豆東部火山群フォーラム(伊東市が主催し、静岡県、静岡地方気象台、伊豆半島ジオパーク推進協議会が共催した)。
伊東市役所内に置かれた伊豆半島ジオパーク推進協議会事務局