伊豆新聞連載記事(2011年4月3日)
火山学者 小山真人
ジオパークという名前から、その構成資産として想像されるのは地層や岩石である。しかしながら、「ジオパーク=地質遺産=世界遺産の地質版」などと短絡的に考えるのは誤りである。ジオパークの資産となるのは、大地に根ざしたすべてのものである。
地域社会の足元には、その地域独自の地層や岩石が存在する。そして、それらが地形、土壌、地下水、温泉などの土地条件をつくり、陸と海の動植物が育まれている。そこから多種多様な特産物が生まれ、それをもとにした鉱工業、農林水産業、観光産業が古くから営まれてきた。また一方で、大地は時おり人間社会に牙をむき、さまざまな自然災害を引き起こしてきた。だが、そうした災害も長い目でみれば有用な地形や資源を作り出し、防災科学・技術や、災害と共に生きる知恵や文化を育んできた。こうした自然の恵みと脅威の総決算として、地域独自の景観・産業・歴史・人物・科学・技術・文化・思想・信仰・芸術・教育などが成立したのである。これらすべてがジオパークの資産である。
言いかえれば、地域社会にあるすべてのものの根幹に母なる大地があり、そこへとつながる物語(ストーリー)がある。それらの知見・発見を住民みずからが学び、楽しみ、それらの保全と活用によって地域の経済・文化活動を振興させていく場がジオパークである。それは何も難しいことではない。たとえば、慣れ親しんだすべての美しい風景や風物、地域社会の営みのすべてに、それらを成り立たせた意味と物語がある。それを読み解くことができれば、今まで見てきた世界は全く違ったものとなる。今まで何の脈絡もないと思っていたすべての事柄が、実はつながっているとわかった時、人は大きな感動を味わう。そうした感動を、住民・観光客を問わず、その地域を愛するすべての人に味わってもらう仕組みがジオパークなのである。
観光に絞った視点で誤解を恐れずに言えば、こうした地域社会の根源的な成り立ちを不問とし、その中のほんの一部、つまり美しい景色と料理と温泉だけを、その意味を知らせずに提供したのが従来型の観光である。これに対し、ジオパークにおける観光(ジオツーリズム)は、大地に根ざした有形・無形の事物すべてと、事物同士の関係を扱う。今まで何の変哲もないもの、当たり前でつまらないと思われていたものでも、大地の歴史や営みとの関係がわかれば、ジオパークの重要な構成資産となりえるのである。これにより、何もないと思われていた場所や地域が、一躍世界の注目を浴びることとなる。つまり、ジオパークは地域の価値と誇りを取り戻すための壮大な活動とも言えるのだ。
ジオパークの構成資産。ジオパークにおける観光(ジオツーリズム)は、このすべてを扱う。
風景を読み解く解説看板の一例。伊東市の小室山の山頂からの眺めを想定した案。