伊豆新聞連載記事(2010年10月10日)
火山学者 小山真人
伊豆半島の南西部に位置する西伊豆・松崎ジオエリアは、行政区としては西伊豆町と松崎町を合わせた領域にほぼ相当する。このエリアの地学的な特色は、海底火山時代(およそ2000万年前から200万年前まで)の地層が広く分布することであり、それらの断面があちこちの崖で観察できる。また、伊豆半島で最も古い地層として知られる仁科層群(2000万〜1500万年前)(本連載第1部第3〜5回)も、このエリアだけに分布している。一方で、陸化した後の時代の新しい火山は少なく、エリア南端に蛇石(じゃいし)火山(同38回)、エリア東端に棚場(たなば)・猫越(ねっこ)・長九郎(ちょうくろう)の3火山(同37回)がわずかに分布するのみである。
西伊豆・松崎ジオエリア内のジオサイトとして次の候補を考えた。すでにこの連載の第16回で7つのジオサイト候補名を書いたが、さらに一つを加え、宇久須(うぐす)珪石(けいせき)、黄金崎(こがねざき)、堂ヶ島・仁科港、松崎・桜田、岩地(いわち)・石部(いしぶ)・雲見、池代・長九郎山、仁科川・宝蔵院、大城(おおじろ)・宮ヶ原の8ジオサイトとした。これらの候補地を概観していこう。
宇久須珪石ジオサイトは、伊豆珪石鉱床(第1部第39回)の跡地にあたる。ここは、かつて日本の板ガラス原料の約9割を産したという一大鉱山であり、2008年まで採掘が続けられていた。現在は崖の植栽が進められているが、美しい白色の珪石や、後述の黄金崎に見られるものと同じ黄色や褐色の変質岩、かつての火口湖にたまったと見られる泥層などが分布している上、日本の鉱業史・産業史を語る上でも貴重な遺産である。ぜひ一部だけでも保全措置をとり、地域の財産としてほしい。
黄金崎ジオサイトは、夕日で黄金色に染まる美しい崖で有名な観光地・黄金崎海岸とその周辺である。この崖の地層は海底火山の噴出物であるが、後の温泉水や地熱の作用によって変質・変色したものである。こうした岩石をかつてはプロピライト(変朽(へんきゅう)安山岩)と呼んだこともあったが、現在は世界的にもほとんど使われていない。さらに、変質前の原岩は必ずしも安山岩とは限らないのに、変朽安山岩と和訳されるのも奇怪で誤解を受けやすい。地元の案内看板に残るこの言葉は、世界に対して恥をかくことのないよう、今後使用しないことが望ましい。ちなみに看板には地層の年代も誤って記述されている。
西伊豆・松崎ジオエリアのジオサイト候補地とその見どころ。灰色の太線は主要な分水嶺。
仁科港付近の海岸の崖に見られる海底溶岩流(砕けた濃色の岩の集合のように見える部分)と、それにはさまれる火山灰層(淡色の縞々の部分)。西伊豆・松崎ジオエリアが誇るジオサイト候補地。