伊豆新聞連載記事(2010年8月29日)
火山学者 小山真人
前回述べたように、伊豆に住む人々は古来より伊豆の特異な地学的状況がもたらした地形・噴出物・鉱床・地熱・地下水などをうまく利用し、生活の糧としてきた。つまり、伊豆の住民は知らず知らずのうちに、火山が生み出した豊かな産物を利用する知恵と文化を身につけてきたのである。このことから、伊豆ジオパークの第5のテーマ「変動する大地と共に生きてきた人々の知恵と文化」の中のサブテーマとして「地形・噴出物・鉱床・地熱・水の利用と活用」をまず掲げることができる。
一方で、伊豆の大地は住民に厳しい試練も課してきた。地形が険しく雨が多いことは、土砂災害や水害の発生しやすさを意味する。最近の大規模なものとしては、1958年狩野川台風による中伊豆・北伊豆を中心とした土砂・洪水災害がある。また、現在も進行中のプレート運動や断層活動を反映して、伊豆は被害地震の起きやすい場所でもある(本連載第1部第99〜108回)。その例として、丹那断層の活動による1930年北伊豆地震や、石廊崎断層の活動による1974年伊豆半島沖地震が挙げられる。前者は伊豆市梶山、後者は南伊豆町中木で大規模な土砂くずれも引き起こした。さらに、伊豆をはさむ駿河湾と相模湾はプレート境界型の巨大地震である東海地震と関東地震がくり返されてきた場所であり、その揺れと津波が伊豆をたびたび襲ってきた。伊豆の陸上や近海では、時おり火山噴火も生じてきた。その最新のものが1989年伊東沖海底噴火である(第123〜126回)。噴火はごく小規模であったが、社会に与えた影響は甚大であった。噴火を起こしたマグマは今も生きており、たびたび群発地震を起こしている。
こうした数々の災害に対して、人々は手をこまねいていたわけではない。山々に砂防施設を築いた上で狩野川の治水工事にも取り組み、いざという時には流れをバイパスする放水路も建設した。また、丹那断層の発掘調査をおこない、その平均活動間隔を明らかにして次の地震の発生時期を予測するという、世界に誇る研究成果をあげた(第105〜106回)。さらに、地下のマグマの動きをとらえる観測網を整備し、群発地震の開始・規模・終息や噴火可能性を予測する技術や、その結果を住民に伝える情報体系を実用化しつつある(第127-128回)。こうした防災科学技術は、伊豆での研究開発が世界をリードしていると言っても過言でない。以上のことから、第5のテーマ中の2つめのサブテーマとして「防災・減災への先進的取り組み」を掲げることができる。
伊豆の国市にある狩野川放水路。トンネルの向こうは沼津市内浦の駿河湾につながる。
伊豆東部火山群の地下のマグマ活動を24時間監視する気象庁の地震火山現業室。