伊豆新聞連載記事(2010年8月22日)

伊豆ジオパークへの旅(12)

伊豆ジオパークのテーマ(6)変動する大地との共生(上)

火山学者 小山真人

 伊豆ジオパークの5つのテーマ(本連載第7回参照)のうちの第5のテーマは、「変動する大地と共に生きてきた人々の知恵と文化」である。このテーマは、古来より伊豆に暮らしてきた人々が、その特異な大地と共生するために綿々と築き上げてきた知恵や文化を主題とする。
 これまでの4つのテーマ説明で述べたように、伊豆は南洋で生まれた海底火山の集合体が本州に衝突・隆起して半島化したものであり、現在も火山活動と地殻変動・地震活動が引き続いている。陸化して間もないという事情から伊豆の大地はまだ激しい浸食の途上にあり、地形が山がちな上に、多くの海岸線も急な崖となっている。大河と呼べる川がまだできていないために、広い平野も存在しない。また、岩石の風化が進んでおらず、表土の薄い場所が多い。おそらくこうした事情が、温暖・多雨の気候とあいまって伊豆独特の植生をもたらしている。
 一方で、すき間の多い火山噴出物内に蓄えられた大量の地下水が各地で湧き出している。そもそも海に囲まれた半島に標高1000メートルを越える高山がある伊豆では、海からの湿った風が上昇気流となって大量の降雨をもたらすため、地下水も豊富となる。それらの一部は、火山活動の余熱ともいうべき高い地熱によって温められた結果、温泉として湧き出している。また、地熱や温泉は岩石を変質させ、豊富な鉱床をつくり出している。
 こうした地学的な状況や産物は、古来より伊豆に生きる人々の生活の糧として利用されてきた(本連載第1部第132〜134回参照)。伊豆の地形は険しいが、それでも時おり起きる火山噴火によって流れ出た溶岩や土石流が山地の谷間を埋めたり、海に流れこんで土地を増やしたために、そうした平坦な土地が住居や農地・牧場として利用され、最近はゴルフ場などのレジャー施設にも使われている。一方で、険しい海岸線の風光明媚な地形や、崖に見られる美しい地層や岩石も、古くから観光資源として利用されてきた。険しい山地に降り注ぐ多量の雨は、豊かな森林資源を育んだ。火山の噴出物には良質な石材となるものも多く、近代以前から数多くの採石場がつくられ、現在も各地で採石が続けられている。また、かつては数多くの鉱山もつくられ、金やガラスの原料がさかんに採掘された(第39〜40回)。湧き出す地下水は、ワサビや稲や他の作物栽培に利用されるだけでなく、飲料水としても重宝されてきた。そして豊富な温泉は、言うまでもなく伊豆の観光資源として不動の地位を築き上げている。

 

大見川がゆったりと流れる伊豆市の低地。本来は険しい谷であったが、噴火と浸食がもたらした大量の土砂によって埋め立てられ、現在の形となった。

 

河津町の峰温泉にある大噴湯。伊豆の大地がもたらした地熱と水の恵みである。

 
 

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