伊豆新聞連載記事(2010年8月1日)
火山学者 小山真人
伊豆ジオパークの5つのテーマ(前々回参照)のうちの第2と第3のテーマは、それぞれ「海底火山群としてのルーツ〜各所に残る海底噴火の証拠と火山の「根」〜」と「陸化後に並び立つ大型火山群〜伊豆の地形の屋台骨をつくる大型火山群〜」である。
本州に衝突して半島化する前の伊豆は、そのほとんどが海に没していて海底火山活動をくりかえしていた(本連載第1部第1〜18回参照)。海底火山の噴火は、陸上火山とは異なった独特の噴出物を残す。それらは、表面張力によってチューブ状の流れになった溶岩(枕状溶岩)、水とマグマの激しい反応によって砕かれた溶岩や海底を流れた熱い土石流(水底火砕岩)、海底に降り積もった軽石や火山灰などである。陸上と違って、海底では風化や浸食作用が起きにくいため、こうした地層の多くは美しいまま長期間保存されやすい。しかも、伊豆は本州の衝突にともなって全体が陸化したため、本来ならば海底に没しているはずの海底火山群を、地表で直接観察できる希有な場所となっている。さらには、陸化した後の浸食によって、通常は見ることのできない地下深くの火山の「根」、つまり火山にマグマを供給したパイプである火道(かどう)の部分まで観察できるものがある。
こうした海底火山の断面がよく観察できるという事情から、とくに西伊豆・南伊豆地域は海底火山に関する数々の先進的・国際的な研究がおこなわれ、いわば世界の海底火山研究のメッカのひとつとも言うべき場所となっている。
一方、伊豆全体の陸化が起きた後には、天城山や達磨(だるま)山などの大型の火山があちこちで噴火を始め、一時は標高2000メートル近くに及んだであろう山脈を形成した(第1部第32〜38回参照)。こうした大型の陸上火山群は、およそ20万年前までには噴火をやめてしまったため、その後の浸食によって山頂部分を含む山体の大半が失われたが、伊豆スカイラインが走る尾根から天城連山を経て、猫越岳から達磨山に至る現在の伊豆半島の屋台骨とも言える山並みに、かつての壮大な容姿の面影が残されている。また、これらの大型火山群がつくった緩やかな山腹や裾野は、中伊豆・北伊豆地域を中心として今も各所に残り、雄大な高原として観光や畑作・畜産などに利用され続けている。さらには、道路ぞいの崖などで、これらの火山群が流した何枚もの溶岩の積み重なりが観察できる場所があり、その中には美しい節理(溶岩の冷却時の収縮によってできる規則正しい割れ目)が見られるものもある。
西伊豆・南伊豆地域の海底火山に関する研究論文の数々。権威ある国際的な学術雑誌に掲載されたもの。
西側上空から見た堂ヶ島海岸。海岸には海底火山の断面が見られ、背後の山並みの稜線付近の地形は陸上大型火山のなごりである。遠景の三角形の山は天城山。