伊豆新聞連載記事(2010年7月18日)

伊豆ジオパークへの旅(7)

伊豆ジオパークのテーマ(1)北上と衝突(上)

火山学者 小山真人

 ジオパークを立ち上げるためには、明確なテーマと「ストーリー」が必要と言われている。平たく言えば、テーマはその地質遺産の普遍的価値、つまり何がその地域の「売り」であるかということであり、ストーリーはその地質遺産がどのようにして作られ、どのように人間社会と関わってきたか、つまり誕生から現状に至るまでの「物語」と言ってよいだろう。
 テーマとストーリーは研究の積み重ねによって徐々に判明するものであり、ジオパークの指定を受けるためには、きちんとした研究の積み重ねが必須である。幸いにして、伊豆においては筆者を始めとして数多くの研究者が残した地質学的成果が比較的豊富にあったし、考古学・歴史学などの関連分野の研究においても、市町村史の編さん事業が地道な結果を多数残していた。研究成果の乏しい地域も数多くある中で、これは伊豆にとって非常に幸運なことであった。地質学だけでなく関連分野も重要である理由は、ジオパーク認定の際には自然だけでなく、自然と人間との関わりの歴史も重視されるからである。
 では、伊豆ジオパークのテーマはどのようなものになりえるだろうか。これを5つに整理する案を考えてみた。4と5については、それぞれ4A・4Bと5A・5Bのサブテーマに分割される。
 まず、日本の他の地域と一線を画する大きな特徴として、伊豆の起源はそもそも日本にはなく、南洋で生まれた火山の集合体が長い距離を移動した後に、本州に衝突して半島となったことが挙げられる(本連載第1部第1〜2回、第24〜28回参照)。このような地域は世界的に見てもきわめて稀であり、この特徴を第1のテーマとして掲げるべきであろう。また、このテーマは伊豆地域全体の壮大な「ストーリー」を内包するものでもある。
 この伊豆の大移動と本州への衝突を語る証拠にはさまざまなものがあるが、崖などに見られる地層として直接的にそれを実感できるものはそう多くない。まず、「大移動」に関しての最大の証拠は、第1部第24回で述べたように、岩石中に残された地球磁場の「化石」であるため、目には見えないものである。直接見たり触れたりできるものとしては、南洋にしか生息しない生物の化石を含む石灰岩や石灰質砂岩がおそらく唯一のものであろう(第1部第9回参照)。こうした化石の産地としては、伊豆市下白岩(県指定天然記念物)、下田市白浜、河津町梨本が有名であるが、西伊豆町一色(いしき)の東方、松崎町の江奈や池代、下田市滑川(なめがわ)、南伊豆町差田(さしだ)にもある。

 

伊豆ジオパークの5つのテーマ

 

執筆と出版が現在進行中の伊東市史。ジオパークとは無縁に思えるが、実はこうした地方史の研究成果から大地と人間との関わりの歴史を知ることができる。ジオパークのテーマを構成する上で欠かせないものである。

 
 

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