伊豆新聞連載記事(2010年7月11日)
火山学者 小山真人
フランス、オーヴェルニュ地方にあるシェヌ・デ・ピュイ火山群周辺の主要な景勝地には、統一されたデザインと色使いをもつセンスの良い説明看板が建てられている。それもただの観光用の説明看板ではない。そこに見える風景や造形が、どのような作用によって形成されたかをわかりやすく説明する図解なのである。これによって観光客は、美しい景色や事物の裏に隠された意味に気づき、より深い感動が味わえる。解説の中身は、地元の火山学者が執筆・監修しただけあって、納得のいくものである。
残念なことに、こうした正確かつ美しい説明看板は、日本ではきわめて稀である。NPO法人「まちこん伊東」が2004年に大室山登山リフトの駐車場に設置した看板(筆者が監修)が、おそらく伊豆唯一の例であろう。伊豆に限った話ではないが、文化財に指定されている場所には「○○教育委員会作成」と銘打たれた自然の解説があったりするが、首をかしげたくなるような古い知識や誤解にもとづく説明文が書かれていることが多い。たとえば先日、東伊豆町の細野湿原の説明看板を見る機会があったが、根本的な誤解が散見された。おそらく古い文献をもとに書かれただけで、監修・更新するシステムが不在なのだろう。
オーヴェルニュ地方の場合は、シェヌ・デ・ピュイ火山群のお膝元のクレルモン・フェラン市にブレーズ・パスカル大学があり、そこが火山学の世界的な研究拠点でもあるという事情から、人材に事欠かないのである。数十名の火山専門家とそこに学ぶ多数の学生がいて、地元から要請される監修・講演・見学インストラクター等の業務は軽くこなせるばかりか、火山観光施策にも深く関わっている。
これも残念なことに、静岡県では沼津以東の大学にそもそも地球科学の専門家は不在であり、静岡大学にしても定年や転出があいついだため、今は筆者が唯一の火山学者という状況である。全学的な人減らしの中、今後も増員の見込みはない。こうした厳しい状況下において、伊豆ジオパークの頭脳部分にあたる学術研究と知識普及を担う人材を雇用・養成していく拠点を、何とか地元につくる必要がある。たとえば、廃園となった「天城いのしし村」と、それに隣接する静岡大学・天城フィールドセミナーハウス(現状は無人の研修施設)がある。こうした施設を、伊豆の「知の拠点」として有効活用していく道を考えるべきであろう。
フランスの一碧湖と言ってもよい火口湖「パヴァン湖」のできかたを説明する看板。
オーヴェルニュ地方の首府クレルモン・フェラン市の街並みと大聖堂。中世の大聖堂をつくる黒々とした岩石は、シェヌ・デ・ピュイ火山群の溶岩流から採石されたものである。