伊豆新聞連載記事(2010年7月4日)
火山学者 小山真人
フランス、オーヴェルニュ地方にあるシェヌ・デ・ピュイ火山群周辺のみやげ物屋には、さまざまな形をした火山の姿と、その生い立ちや噴火を解説した絵はがきが数多く売られている。こんな所でも火山が知的な観光資源として取り扱われているのである。シェヌ・デ・ピュイ火山群と伊豆東部火山群は同じ単成火山群だから、そこには大室山や一碧湖(いっぺきこ)や矢筈山(やはずやま)とそっくりな火山がいくつもある。つまり、伊豆東部火山群はフランスに兄弟がいるのである。オーヴェルニュ地方の首府クレルモン・フェラン市は、シェヌ・デ・ピュイ火山群に囲まれた独特な風景を備えており、伊豆東部火山群に囲まれた伊東市や伊豆市と姉妹都市になってもおかしくないくらい、その自然環境がよく似ている。
火山群のガイドブックやガイドマップもたくさん売られている。どこに駐車をしてどこを歩くか、その場所の見どころは何か、その火山はどのようにしてできたかなどが詳しく解説されている。ごく一般の旅行客やハイカーに対しても、さまざまな形で火山の魅力がアピールされている。
フランス本土以外の例も挙げておこう。カリブ海と大西洋にはさまれた西インド諸島の中にマルティニーク島というフランス領の火山島がある。小泉八雲が日本に来る前に滞在したことでも知られる島である。この島の旅行ガイド(ガリマール社)には、まず旅の基礎知識として西インド諸島やマルティニーク島がどのようにして誕生・成長したかが書かれているが、そればかりではない。小泉八雲がこの島を離れた約3年後の1902年、島の北西にあるモンプレー火山が大噴火し、サン・ピエールという町が火砕流によって飲み込まれて2万8000人もの犠牲者を出す事件があった。そうした悲惨な災害を経験した土地であるにもかかわらず、そのことが旅行ガイドにイラスト入りでしっかり解説されている。しかも、港で火砕流の直撃を受けて沈没した12隻の船の海底マップが示され、沈没船への潜水艇ツアーが紹介されている。こうした例からわかるように、フランスには過去の災害を忌み嫌わず、それどころか観光資源として生かす知恵と文化があるのだ。1989年に伊東沖で海底噴火を起こした手石海丘の潜水艇ツアー(船上からの海底ビデオカメラ鑑賞でもよい)が実現できれば、きっと伊豆ジオパークの目玉のひとつとなるだろう。
フランスのシェヌ・デ・ピュイ火山群周辺で売られている火山絵がはき。一碧湖と同種の火山(マール)の例。
書店で売られているシェヌ・デ・ピュイ火山群のガイドブック+マップ。やや専門的な内容ながら全ページカラーの魅力的なもの。この他にも、さまざまな難易度のものがある。