伊豆新聞連載記事(2010年6月6日)
火山学者 小山真人
2007年9月から2010年3月までの全135回にわたって、筆者は本紙に「伊豆の大地の物語」を連載した。それは、伊豆の土台がはるか南洋の海底噴火の産物として誕生・成長しながら北上を続け、ついには本州に衝突して現在の半島の形になるまでの特異な歴史をつづったものである。また、現在の伊豆とその周辺で進行中の地震・火山活動についても紹介し、それらの将来予測や防災上の問題に触れつつ、大地との共生の方策を論じた。
予想外の長期連載に筆者を駆りたてた動機は、ひとえに伊豆に暮らす人々や、そこを訪れる観光客たちに、伊豆の風景や自然の造形のひとつひとつがもつ深い意味や魅力を知ってほしかったからである。筆者が一貫して主張したかったのは、「見慣れた地形・風景には、すべて意味がある」ということである。そして、その意味を自分で読むことができるようになれば、目に映る世界は全く違ったものとなる。少しだけの基礎知識があれば、今まで単に美しいと思っていただけの地形・風景に隠された意味や成り立ちが判読できるようになる。それは味わった者だけが知っている、このうえない知的な興奮と快楽である。
「伊豆半島全体が一つの大きい公園である。一つの大きな遊歩場である。つまり、伊豆は半島のいたるところに自然の恵みがあり、美しさの変化がある。」伊豆の自然と風土をこよなく愛した作家、川端康成は、かつてこう述べた(『日本地理大系』第6巻、昭和6年2月)。同じ文章の中で彼は次のようにも述べている。「面積の小さいとは逆に海岸線が駿河遠江(とおとうみ)二国の和よりも長いのと、火山の上に火山が重なって出来た地質の複雑さとは、伊豆の風景が変化に富む所以(ゆえん)であろう。」
つまり、彼は地形・地質の多様さ・複雑さが、伊豆独特の自然の美しさの原因であることを見抜いていた。とくに、「火山の上に火山が重なって出来た」という表現は、伊豆の大地の本質を見据えたものであり、現代の専門家も脱帽せざるをえない。「伊豆半島全体が一つの大きい公園である」も卓見である。昨年秋頃から川勝平太・静岡県知事の「伊豆ジオパーク構想」が話題となっているが、それに80年近く先立って天才文学者・川端は、地形・地質の美しさに彩られた「ジオパーク」として伊豆半島全体をとらえていたことになる。ジオパークとは何か? それをまず次回に説明していこう。
西伊豆町仁科港付近の海岸の崖に見られる複雑な地層。海底火山の噴出物が織りなす美しい構造や模様のひとつひとつに、伊豆の大地形成の物語が隠されている。