伊豆新聞連載記事(2009年5月31日)
火山学者 小山真人
本連載をここまで注意深く読んできた読者はすでにお気づきのことと思うが、カワゴ平(だいら)火山は、それ以前に噴火した伊豆東部火山群の火山には無かった特徴をいくつか備えている。
まず第1に、伊豆東部火山群の噴火史上初めて流紋岩(りゅうもんがん)質のマグマが噴出したことである。それまでの伊豆東部火山群で噴出したマグマのすべては、比較的粘りけの少ない玄武岩(げんぶがん)質と安山岩(あんざんがん)質のものであった。粘りけの少ないマグマからは火山ガスが抜けやすく、ガス圧が高まることによる爆発的噴火が起きにくい。それに比べて、流紋岩質マグマは粘りけが強いために爆発的な噴火を起こしやすく、防災上は格段の注意が必要となる。
第2に、伊豆東部火山群の噴火史上初めて火砕流(かさいりゅう)が発生したことである。本連載の第88〜89回でも述べたように、火砕流は高温・高速の噴煙が地表にそって長距離を流れる危険な現象であり、すばやく遠くに逃げるほかに防災上の選択肢がない。
第3に、被災範囲の広さが挙げられる。カワゴ平火山の噴火では、伊豆の広い範囲に大量の火山灰や軽石が積もって森林が破壊され、その後も雨が降るたびに大規模な土石流が発生し、狩野川の河口付近にまでその影響が及んだ。ほとんど被害のなかった地域は、伊豆では松崎町・南伊豆町・下田市・熱海市くらいに限られる。降灰の被害は、伊豆だけでなく中部地方の広い範囲に及んだ。
このように、カワゴ平火山の噴火は、伊豆東部火山群としては初めてづくめの異例な噴火であった。火山の防災対策は噴火史を参考にして立てられるのが普通であり、噴火史の上で全く発生しなかった現象が次々と発生するようだと、防災対策はお手上げとなりかねない。現代を生きる私たちは、伊豆でもカワゴ平火山のような凶暴な噴火が起きえることをすでに知っており、そのための対策を整えることができる。しかし、仮に現時点が3200年前のカワゴ平火山の噴火直前だとすれば、今後まったく予想もしなかった噴火に襲われていたはずであり、背筋が寒くなる。カワゴ平火山の噴火は、火山災害では想定外の事態が起きえることや、仮にそうした事態が生じたとしても全くのお手上げ状態にならないための最低限の対策を整えておく必要があることを強く物語っている。
つるはしの刺さっている位置から上が、カワゴ平火山の噴火によって積もった地層。下の縞々(しましま)の地層が、噴煙から降りつもった軽石と火山灰。その上をおおう縞のない地層が、火口から流れてきた火砕流。伊豆市地蔵堂付近。