伊豆新聞連載記事(2007年10月28日)

伊豆の大地の物語(9)

湯ヶ島層群の時代(4)南洋の化石

火山学者 小山真人

 湯ヶ島層群の中には、まれであるが大量の化石を含む地層がある。もっとも有名な2つが、河津町梨本(なしもと)にある梨本石灰岩(せっかいがん)と、伊豆市下白岩(しもしらいわ)にある下白岩石灰質(せっかいしつ)砂岩(さがん)である。
 梨本石灰岩も下白岩石灰質砂岩も,あまり変質を受けておらず緑色を帯びていないため,より新しい時代の白浜層群の一部であると誤解する人が専門家の中にも多い.しかしながら,地層全体の分布や構造を調べた結果,両者は湯ヶ島層群に属することが判明している.前回も述べた通り,変質の程度は地層判定の決め手にはならないのである.
 梨本石灰岩は,河津七滝(ななだる)ループ橋の近くの河津川の支流,奥原川の南岸の崖によく見えている.かすかに赤みを帯びた白色ないし黄白色の固い岩質をもち,地層の縞も見られる.石灰岩中には貝殻,サンゴ,大型有孔虫(ゆうこうちゅう)などの化石が含まれ,一千四百万年前ころのプランクトン化石も発見された.
 下白岩石灰質砂岩は,伊豆市を流れる大見(おおみ)川ぞいの丘陵地によく見えている.中伊豆ワイナリー近くの北岸のものが有名だが,南岸の道ぞいや山中にも分布している.石灰質砂岩の名前のとおり,白色をした石灰質の粗い砂の地層であり,もろいために化石を取り出すことが容易である.さまざまな化石を多数含んでおり,とくに直径数ミリの凸レンズ状をした大型有孔虫化石は県指定の天然記念物である.これらの化石は一千百万年前ころのものである.
 梨本・下白岩の両化石層は,どちらも海底火山の噴出物にはさまれており,くり返す火山活動の合間に,ほんの一時だけ多くの生物が住みつく環境が整ったことを物語っている.どちらの化石層も,日本の他地域の同時代の化石に比べて明らかに南洋性のものを含んでおり,伊豆の大地がかつて南洋にあり,その後プレート運動に乗って日本付近にたどり着いた証拠とみなされている.

 

伊豆市下白岩(しもしらいわ)にある下白岩石灰質砂岩。地層全体が,その後の地殻変動によって東に30度ほど傾いている。


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