伊豆新聞連載記事(2009年5月10日)

伊豆の大地の物語(89)

伊豆東部火山群の時代(49)カワゴ平(2)

火山学者 小山真人

 火砕流(かさいりゅう)が残した地層の中には、黒い炭が点々と含まれている場合が多い。これは、当時そこに生い茂っていた植物が取り込まれ、火砕流の熱によって焼かれて炭化したものである。カワゴ平(だいら)火山の火砕流の中にも、数多くの炭を見つけることができる。中には太い枝や幹の一部や、巨木が丸ごと含まれる場合もある。こうした巨木は、神代(じんだい)杉・神代ヒノキなどと呼ばれ、炭化していない内部が木材資源として利用されたこともあった。こうした神代杉やヒノキの標本を、伊豆市上白岩(かみしらいわ)にある中伊豆歴史民俗資料館や、同市湯ヶ島の昭和の森会館などで見学することができる。
 火砕流は、火山灰や軽石が火山ガスと一体化してふわふわになった状態で流れるため、流れている間はもとより、停止した後も内部に残っていたガスが徐々に抜けていく。このため火砕流の地層には、こうしたガス抜けの通路になったパイプ状の構造があちこちにできる。また、火砕流から抜けたガスは、細かな火山灰とともに、火砕流が流れた場所の上空にもうもうと噴煙のように立ち上る。これが火砕流の「灰神楽(はいかぐら)」である。この灰神楽に含まれる細かな火山灰は、やがて少しずつ地上に舞い降り、薄くて細かな火山灰の層をつくる。時には風に流されて遠くまで飛んでいき、火砕流が到達できなかった場所の地表をおおうこともある。本連載の第55回や第69回で述べた鬼界(きかい)葛原(とずらはら)火山灰やAT火山灰は、はるばると九州から伊豆上空までたなびいてきた灰神楽から降りつもった火山灰である。カワゴ平火山の火砕流が残した地層にも、こうしたガス抜けパイプ構造や、灰神楽の火山灰層を見つけることができる。
 カワゴ平火山が噴出したものは、火砕流と溶岩流だけにとどまらない。火口上空に立ち上った噴煙から降りつもった軽石と火山灰が、伊豆半島の広い範囲に層をなしている。これらの軽石と火山灰は黄白色をしており、まわりの暗い土とは際だって明るい色をしているため、誰でもその気になれば、すぐに見つけることができる。カワゴ平火山の軽石と火山灰は、火口から北西の方角に厚く分布し、伊豆半島以外の富士山ろく、静岡平野、浜名湖の湖底などの各地や、遠く琵琶湖西岸の比良(ひら)山地でも発見されている。

 

カワゴ平火山の火砕流に取り込まれて焼けた木の幹。直立していることから、立ったまま焼かれたことがわかる。

 

カワゴ平火山の噴火によって降りつもった軽石と火山灰。


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