伊豆新聞連載記事(2009年3月1日)

伊豆の大地の物語(79)

伊豆東部火山群の時代(39)滑沢とエサシノ峰

火山学者 小山真人

 本連載で過去38回にわたった伊豆東部火山群の時代も残すところ最後の1万年間となり、今後語るべき火山は大室山(4000年前)、カワゴ平(だいら)(3200年前)、岩ノ山-伊雄山(いおやま)火山列(2700年前)、そして手石海丘(ていしかいきゅう)(20年前)だけとなった。しかし、陸上部分だけで60余りある伊豆東部火山群の火山の噴火年代が、すべて判明しているわけではない。年代未詳の火山の中にも、伊豆の地形に美しい彩りを添えたり、すばらしい景観をつくり出したものがある。そうした火山についても少し触れておこう。
 伊豆市の湯ヶ島温泉から国道414号線を南下して天城峠に向かうと、本連載第74回で述べた浄蓮(じょうれん)の滝を過ぎ、さらにその先の昭和の森会館(道の駅「天城越え」)を過ぎたあたりに「滑沢(なめざわ)渓谷」のバス停がある。そこから林道を下ると、狩野川の上流の本谷川(ほんたにがわ)に至る。その付近に西側から合流している支流が滑沢である。
 この付近の滑沢と本谷川の河床は、美しい節理(冷却時の収縮によってできた亀裂)をもつ溶岩流の一枚岩におおわれている。岩の表面は水流に削られて滑らかになっており、それが滑沢の名の由来であろう。秋には、紅葉と岩肌との対照がみごとである。この溶岩流は、滑沢沿いをしばらく上流までたどることができ、古木「天城の太郎杉」の近くには火山性の土石流の地層も見られる。これらをもたらした火山(滑沢火山)が、その上流のどこかにあったことは間違いないが、浸食によって元の地形が失われているため、火口の位置は特定できていない。
 さて、昭和の森会館が立つ敷地の下にも溶岩流があり、その断面が国道から滑沢に下る林道ぞいの崖に見えている。この溶岩流も滑沢火山の噴出物と考えられたことがあったが、両者の岩質は少し異なる上、地形的に見ても両者の噴火年代には差がある。
 詳しい調査の結果、昭和の森会館の地盤をなす溶岩流は、その南東側の山中から谷を流れ下ってきたことがわかった。滑沢渓谷バス停の500メートルほど東、エサシノ峰(みね)林道の終点付近に火山弾を含むスコリア層が見つかったため、その付近を火口と考えて「エサシノ峰火山」と呼ぶことにした。

滑沢(なめざわ)渓谷の河床をおおう滑沢火山の溶岩流。


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