伊豆新聞連載記事(2009年2月22日)
火山学者 小山真人
三島付近には伊豆東部火山群の噴火の影響がほとんど及ばない一方で、富士山から流れ出た大規模な溶岩流や土石流が達していると前回述べた。三島は、北西に愛鷹(あしたか)山、東に箱根山、南に静浦(しずうら)山地と、三方を山に囲まれている。静浦山地は、本連載の第12〜18回で述べた白浜層群の海底火山がつくった古い山地であり、浸食が進んで複雑な形をしている。愛鷹山と箱根山は、およそ40〜50万年前から噴火を始めた火山であるが、愛鷹山は10万年ほど前に噴火を停め、その後の浸食による深い谷がいくつも刻まれている。箱根山は現在も活動を続けている活火山であるが、三島付近の地形にまで影響を与えた噴火は、本連載の第64回で述べた6万年前の巨大噴火が最後である。三島の東側にある丘陵の多くは、この巨大噴火で流れた火砕流が厚く積もってできたものである。
愛鷹山と箱根山の間には幅の広い谷間があり、ここを黄瀬(きせ)川と大場(だいば)川が流れている。ただし、どちらの川も谷間の中央ではなく、黄瀬川は愛鷹山の山すそ、大場川は箱根山の山すそに沿っている。そもそも、ひとつの谷間に2つの川が交わらずに並行して流れること自体が不自然である。
さらに奇怪なのは、三島付近での大場川の流路である。黄瀬川は最短距離をたどって素直に狩野(かの)川に合流するのに対し、大場川は三島の市街地を大きく迂回し、はるか南の函南(かんなみ)町との境まで流れた後に狩野川と合流している。
こうした川の不自然な流路は、谷間や平野の中のわずかな高低差を反映したものである。裾野や三島の市街地は、その周囲より高い台地となっているため、2つの川はそこを避けて通っている。そして、この台地をつくったのが、約1万年前に富士山から流れ下ってきた大規模な溶岩流(三島溶岩)である。この溶岩流は、黄瀬川の河床や三島市街のあちこちに黒々とした岩層として見えている。溶岩中の細かな割れ目を伝ってきた富士山の雪どけ水が、その末端からこんこんと湧き出している。三島市街地にある小浜(こはま)池や菰(こも)池、清水町の柿田川がその一例である。
三島付近の地形と川の流路。薄い灰色部分は山地。濃い灰色部分は、富士山から流れてきた三島溶岩のおおよその分布。
長泉町の黄瀬(きせ)川にかかる鮎壺(あゆつぼ)の滝。三島溶岩の断面が見えている。