伊豆新聞連載記事(2009年1月18日)
火山学者 小山真人
東伊豆町の名湯・熱川(あたがわ)温泉。その温泉街は海に面した狭い谷間にあり、この谷間だけが市街地と思う人も多いだろうが、実はそうではない。国道135号線をはさんで、西側の広い台地の上に奈良本(ならもと)の町がある。熱川の住民にとっての生活の場は、むしろこの台地の上だろう。この台地をつくったのは本連載の第35回で述べた天城火山の溶岩流であるが、台地の表面を広くおおっているのは、1万9000年前に降りつもったスコリア(暗い色をした軽石)の地層である。それを噴出した火山の正体が不明だったころ、この地層は「熱川スコリア」などの名前で呼ばれていた。
調査の結果、熱川スコリアは3つの火山(稲取(いなとり)、堰口(せきぐち)、川久保川(かわくぼがわ)の3火山)が同時に噴火した際に降りつもったものであるとわかった。いずれの火山も、スコリアが火口のまわりに厚く積もってできたスコリア丘(きゅう)である。この3火山は、北西-南東方向の直線上に並んでいるから、稲取火山列と呼ぶことにしよう。
火山列の最南端にある稲取火山は、東伊豆町役場のある稲取の街の2キロメートルほど北の台地上にある。三日月形の丘が2つ向かい合わせになった形をしており、伊豆バイオパークに向かう道路が、その火口の中を通過している。火口から南東に流れ出した溶岩流が海に達し、黒根(くろね)と呼ばれる岬をつくった。
火山列の中央にある堰口火山は、熱川と稲取の間に谷を刻む白田川(しらたがわ)を、河口から3キロメートルほどさかのぼった発電所の南側の山中にある。谷の斜面で噴火してできたため、地形的には山というよりは谷間に突き出た丸い尾根である。その北側が採石場となっていて、火山の断面が観察できる。断面に見えているのは、火山弾まじりの赤いスコリア層と、そこにはさまれた1枚の溶岩流である。この崖は、赤々とした山肌として海岸付近からもよく見える。
火山列の最北端にある川久保川火山は、堰口火山の北西3キロメートル付近、白田川支流の川久保川と天城ハイランド別荘地の間の山中に位置する。この火山は小型である上に、山の斜面で噴火したために、地形的にほとんど目立たない。火口から溶岩流が500メートルほど南東に流れて川久保川に達している。
稲取火山の断面が観察できる崖。成層したスコリアが見えている。