伊豆新聞連載記事(2009年1月11日)

伊豆の大地の物語(72)

伊豆東部火山群の時代(32)鉢ケ窪と馬場平

火山学者 小山真人

 伊東温泉街の南西に広がるなだらかな丘陵は、「水道山(すいどうやま)」と呼ばれて市民に親しまれている。この名前は、伊東市の上水道の第一水源があることから名づけられた。水道山の地盤をつくる岩石の多くは、本連載の第34回で述べた宇佐美火山が噴出した溶岩流であるが、その上を厚さが数メートルもある分厚いスコリアの地層がおおっている。スコリアは暗い色をした軽石のことであり、粘りけの少ないマグマのしぶきが空中に噴き上がって冷え固まったものである。
 このスコリアを噴出したと考えられる火口が少なくとも3つ知られており、総称して鉢ヶ窪(はちがくぼ)火口群と呼ばれている。もっとも確かな火口は、伊東市民病院の1キロメートルほど北西の山中にある「鉢ヶ窪」と呼ばれる凹地である。凹地の直径は150メートルほどあり、凹地の近くのスコリア層には火山弾も多数含まれている。この鉢ヶ窪の南東側に隣接して不明瞭な凹地が2つ並んでいるが、現地調査の結果、それらを火口と考える証拠は発見できなかった。しかし、市民病院の500メートル北東にある、かつての伊東スタジアムだった凹地は、まわりのスコリア層に火山弾が含まれることから、火口と考えてもおかしくない。さらに、鉢ヶ窪の南西1キロメートルほどの場所にある馬場平(ばばのたいら)と呼ばれる丸い丘(標高460メートルほど)も厚いスコリア層でできており、スコリアの噴出場所のひとつと考えて良さそうである。つまり、現時点で鉢ヶ窪火口群とは、鉢ヶ窪火口、「伊東スタジアム」火口、馬場平火山の3つを合わせた呼び名である。鉢ヶ窪火口群から噴出したスコリアは、伊東大川の谷を隔てて、小室山や一碧湖の周辺にいたる広い範囲に降りつもっている。他の火山灰との関係から、鉢ヶ窪火口群が噴火したのはおよそ2万3000年前と推定される。
 火山特有のなだらかな地形をもつ馬場平は、そのほとんどが草原でおおわれ、ほぼ360度の視界が得られる素晴らしい見晴らし台である。晴れた日には、大室山や小室山、伊豆大島や利島までが一望できる。鉢ヶ窪は、うっそうとした林におおわれ、火口の地形がよく保存されている。こうした自然は市民の貴重な財産であり、末長く保全してもらいたいものである。

鉢ヶ窪(はちがくぼ)火口から噴出した厚いスコリアの地層。中に含まれる大きな岩は火山弾である。


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