伊豆新聞連載記事(2008年12月28日)
火山学者 小山真人
天城峠の2キロメートル南東に「登り尾(のぼりお)」という山(標高1057メートル)がある。地形的には、独立した山というよりは、天城連山から南西に張り出した尾根と呼ぶのが適切で、地質学的にも天城火山(本連載第35回参照)の一部にあたる。この登り尾の南斜面(標高700メートル付近)で、およそ2万5000年前に噴火が起きた。伊豆東部火山群「登り尾南」火山の誕生である。
急斜面で噴火が起きたため、火山体そのものの地形は不明瞭であるが、注目すべきはそこから流れ出た溶岩流である。この溶岩流は、登り尾の斜面を西南西に1.5キロメートルほど流れ下り、河津川に達した後、向きを川沿いに南東に転じ、谷間を埋めながらさらに2キロメートルほど流れた。この範囲の河津川の河床のあちこちに見られる滑らかな岩盤は、溶岩流の表面や内部が水流の浸食作用によって洗い出されたものである。
よく見ると、岩盤の表面に柱状節理(ちゅうじょうせつり)が観察できる。柱状節理は、溶けた岩石が冷え固まる際に体積が収縮してできる角柱状の割れ目である。角柱の断面は6角形のことが多いが、5角形や7角形のものも含まれる。この角柱は、熱が奪われる方向に向かって伸びる性質がある。
岩盤にできた段差には7つの滝がかかっており、これが有名な河津七滝(ななだる)である。上流から順に、釜滝(かまだる)、えび滝(だる)、ヘビ滝(だる)、初景滝(しょけいだる)、かに滝(だる)、出合滝(であいだる)、大滝(おおだる)と呼ばれている。
伊豆の山々には無数と言ってよいほどの滝がある。こうした数多くの滝の中で、河津七滝が観光名所となった理由は、天城峠越えの街道沿いという地理的利点もさることながら、やはり2万5000年前という地質学的な若さによる岩石の新鮮さと柱状節理がもたらす岩盤の美しさが、人目をひくためであろう。
伊豆東部火山群の噴火によって作られた美しい滝は、河津七滝だけにとどまらない。同じ河津町内では、佐ヶ野川の上流にある佐ヶ野川火山(噴火年代不明)の溶岩流にかかる三階滝を挙げたい。また、いずれ詳しく紹介する予定であるが、有名どころでは伊豆市の浄蓮(じょうれん)の滝、滑沢(なめざわ)渓谷、万城(ばんじょう)の滝がある。どれも火山が作り出した素晴らしい景観である。
河津七滝の中で最大の落差をもつ大滝(おおだる)。美しい柱状節理が見てとれる。