伊豆新聞連載記事(2008年12月21日)

伊豆の大地の物語(69)

伊豆東部火山群の時代(29)九州からの使者ふたたび

火山学者 小山真人

 本連載の第55〜57回の3回にわたって、およそ9万5000年前に鹿児島県沖の海底火山(鬼界(きかい)カルデラ)で起きた巨大噴火の火山灰(鬼界葛原(とずらはら)火山灰)が、伊豆の地層中から発見された話を述べた。その後、この種の巨大噴火(破局噴火)の詳しい解説書(高橋正樹・著「破局噴火-秒読みに入った人類最後の日」祥伝社新書)や、近未来の破局噴火に襲われる日本社会を描いた小説の文庫版(石黒耀・著「死都日本」講談社文庫)とその漫画版(正吉良カラク・画「カグツチ」講談社コミックス)が刊行されたので、興味のある方はぜひ一読をお勧めしたい。
 さて、9万5000年前の鬼界カルデラの噴火後も、九州では数度の破局噴火がくりかえされた。中でも有名なのは、8万7000年前の阿蘇山、2万8000年前の姶良(あいら)火山、7300年前の鬼界カルデラ(再噴火)の3つである。これら3回の噴火は、それぞれ阿蘇4火山灰、姶良丹沢(AT)火山灰、鬼界アカホヤ火山灰という名で呼ばれる火山灰を、日本列島の広い範囲に降りつもらせた。ただし、これらの火山灰の厚さは、九州以外では10センチメートルに満たないことが多いため、地層として確認できる場所は限られている。
 AT火山灰を噴出した姶良火山(姶良カルデラ)は、現在の鹿児島湾北部の海底に位置している。というより、鹿児島湾の北部に相当する凹地が、カルデラの地形そのものである。今でも噴火をくり返している桜島は、このカルデラの南の縁に沿って後からマグマが噴出してできた火山である。鹿児島湾北部をとりまく有名な「シラス台地」は、姶良カルデラの2万8000年前の破局噴火で噴出した巨大火砕流(かさいりゅう)の厚い地層からできている。この火砕流が噴出した際に、上空にもうもうと立ち上った灰かぐら(噴煙)が西風で流され、そこから降りつもったのがAT火山灰である。
 伊東温泉街付近でのAT火山灰は、前回述べた地久保火山の火山灰(3万2000年前)と、後日紹介する鉢ヶ窪(はちがくぼ)火山の火山灰(2万3000年前)の、ちょうど中間くらいの位置に発見された。ただし、一枚につながった地層ではなく、直径数ミリ程度の白色火山灰の固まりとして確認できた。注意深く観察しないと簡単に見落としてしまうほどのわずかな量であるが、他の火山の噴火年代を決める上での貴重な鍵である。

1994年ころに伊東市役所内の工事現場の崖で見つけたAT火山灰。指で示した白色の固まり。


もどる