伊豆新聞連載記事(2008年12月7日)

伊豆の大地の物語(67)

伊豆東部火山群の時代(27)国士越火山列

火山学者 小山真人

 伊豆屈指の名湯・湯ヶ島温泉から南に進めば天城峠を越えて河津町、西に進めば仁科(ルビ:にしな)峠を越えて西伊豆町に至る。もうひとつ東方向に進んで越えられる峠があることをご存じだろうか。その名は国士越(こくしごえ)あるいは国士峠。地形的には本連載の第35回で述べた天城火山と天子(てんし)火山の間にあり、峠を越えた先は大見川の源流地域にあたる伊豆市筏場(いかだば)である。
 国士越付近の道路ぞいの崖には、本連載で何度か説明してきた爆発角れき岩の厚い地層が見られ、そこが火口の近くであることがわかる。地形図をよく見ると、国士越の南東500メートルほどの場所に西に開いたU字形の山体がある。そこが爆発角れき岩の噴出源であるタフリング(マグマと地下水が触れあう爆発的な噴火によってできた火山)とみられ、国士越火山と命名された。U字の内側にあたる凹地は直径300メートルほどの火口である。
 さらに、国士越火山の南東1キロメートルにも北北東に開いたU字形をしたタフリングがあり、箒原(ほうきはら)東火山と命名された。一方、国士越火山の北西2キロメートルの山中にも小さな火口があり、北野原(きたのはら)東火山と呼ばれている。
 以上述べた国士越・箒原東・北野原東の3火山は、北西-南東方向に並ぶ火山列をなしており、約3万7000年前に同時に噴火してできたと考えられている。
 このうち国士越火山と北野原東火山は溶岩を流出しているが、北野原東火山の溶岩流は少量であるため地形的にほとんど目立たない。注目すべきは国士越火山の溶岩流である。この溶岩流は谷に沿って西に流れ、下流に南北幅300メートル、東西幅800メートルの溶岩台地をつくっている。伊豆市長野の集落は、この台地上にある。本連載第60回の船原火山のところでも述べたが、本来は険しい谷間であったはずの場所に、人間が有効利用できる小さな平坦地が火山によって作り出されたのである。
 これとほぼ同じ例として、湯ヶ島温泉の1.5キロメートル南にある伊豆市与市坂(よいちざか)も挙げておきたい。与市坂の集落は、その2キロメートルほど南東にある与市坂火山(噴火年代不明)が作った溶岩台地の上に立地している。

国士越(こくしごえ)火山の溶岩流によって作られた伊豆市長野の台地。一見、山に囲まれた盆地の風景に見えるが、周囲の山との間には深い谷が刻まれている。


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