伊豆新聞連載記事(2008年11月30日)

伊豆の大地の物語(66)

伊豆東部火山群の時代(26)鉢ノ山

火山学者 小山真人

 粘りけの少ないマグマのしぶきが火口から噴水のように吹き出ると、空中で冷え固まってスコリア(暗色の軽石)となり、火口の周囲に積もってプリン形の可愛らしい丘をつくる。この丘をスコリア丘(きゅう)と呼ぶことを本連載の第41回で述べた。伊豆東部火山群には数多くのスコリア丘があり、その代表格は伊豆高原にある大室山(標高580メートル、噴火年代は約4000年前)であるが、大室山にまさるとも劣らない立派なスコリア丘が伊豆にあることをご存じだろうか?
 その名は鉢ノ山(はちのやま)、およそ3万6000年前の噴火でできた。鉢ノ山は、河津川中流にある名湯・湯ヶ野(ゆがの)温泉の北東3キロメートルほどの山中にある。標高は618メートル、底面の直径は約1000メートルで大室山とほぼ同じ、ふもとから頂上までの高さは220メートルもあり、大室山の300メートルに少し足りない程度である。伊豆東部火山群では大室山についで2番目に大きいスコリア丘である。こんな立派な火山が大室山ほど有名でないのは、大室山が伊豆高原の最高部にあって伊東市内のたいていの場所から眺められるのに対し、鉢ノ山は険しい山地の中にあるため、見える場所がごく限られているからである。
 鉢ノ山の北西側と南東側のふもとからは溶岩流が流れ出しており、それぞれが奥原川と佐ヶ野(さがの)川を流れ下り、湯ヶ野温泉をはさむようにして本流の河津川ぞいに達している。とくに、佐ヶ野川を流れ下った溶岩流は、河津川に達した下佐ヶ野付近で見事な溶岩扇状地(せんじょうち)をつくっている。
 鉢ノ山は、溶岩流だけでなく、2億8000万トンという大量の火山灰も噴出した。これは大室山が噴出した火山灰の約2倍である。このため、この火山灰は河津町と東伊豆町の広い範囲に層をなし、他の火山の噴火順序や年代を決めるための良い基準となっている。
 なお、鉢ノ山の北西2キロメートルにある大平(おおだいら)火山、さらにその北西2キロメートルにある八丁林道火山、鉢ノ山の南東1.5キロメートルにある川津筏場(かわづいかだば)火山は、鉢ノ山とともに北西-南東方向の一直線上に並び、ひとつの火山列として鉢ノ山と同時に噴火したとみられている。鉢ノ山以外の3火山は、いずれも溶岩流とスコリアを少しだけ噴出した小型の火山であり、地形的にほとんど目立っていない。

天城山の八丁池(はっちょういけ)付近の見晴らし台から見た鉢ノ山(はちのやま)。


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