伊豆新聞連載記事(2008年10月19日)
火山学者 小山真人
三島から伊豆半島を西まわりに半周して下田に至る国道136号線は、最初は半島の中央を流れる狩野(かの)川ぞいを通った後、湯ヶ島の手前で西に折れて船原(ふなばら)川ぞいの谷をさかのぼり、船原峠を越えて西海岸の土肥(とい)に至る。
船原川の両側には浸食が進んだ山地が広がっているが、船原温泉を過ぎたあたりに国道の北に接して、一ヶ所だけ奇妙な台地がある。この台地は、一辺が500メートルほどの丸みを帯びたひし形をしており、谷底からの高さは100メートル弱である。この地形を利用して、可動式の屋根をもつ「天城(あまぎ)ドーム」で名高い伊豆市立のスポーツ総合公園が建設されている。
この台地は、伊豆東部火山群の溶岩流によってつくられたものである。本来ならば険(けわ)しい山地であった場所で火山が噴火し、溶岩が地形の凹凸をおおって流れたために、なだらかな台地ができあがったのだ。
地形の細部から判断して、この溶岩流の出どころは、台地の北に隣接した標高436メートルの丘と考えられる。元の地形の保存が悪いため、地形だけからこの丘を火山と判定するのは難しい。しかし、丘の西斜面に大きな採石場(さいせきじょう)があり、その崖に火山弾を多数含むスコリア(濃い色をした軽石)の厚い層が見られることから、この丘が火山の一種であるスコリア丘(きゅう)と判断できる。
この火山は、付近の地名にちなんで船原火山と呼ばれている。伊豆東部火山群の中でもっとも西側に位置する火山である。船原火山から噴出した火山灰のすぐ上に箱根起源のDa(ディー・エイ)-5軽石(9万年前、本連載の第50回参照)が降りつもっていることから、船原火山の噴火年代をおよそ9万1000年前と決めることができた。
伊豆市や河津町、東伊豆町にある伊豆東部火山群の噴出量は小さいものが多いため、伊東市の大室山のように大量の溶岩を流して広大な高原をつくったりはしない。その代わりに、険しい山地の中に、まるでオアシスのような小さな平坦面をつくっている例が多い。船原火山もそのひとつである。そうした平坦面は、山村にあっては貴重な土地であり、ほぼ例外なく有効利用がなされている。
船原火山の西斜面につくられた採石場。火山の内部構造がよく見えている。