伊豆新聞連載記事(2008年9月28日)
火山学者 小山真人
9万5000年前に九州から遠く伊豆にまで火山灰を降りつもらせた鬼界(きかい)カルデラの破局(はきょく)噴火。こうした噴火の発生にともなって、火口付近ではどんな現象が起きたのだろうか?
破局噴火にともなう現象として最も目立つのは、巨大な火砕流(かさいりゅう)である。火砕流は、1990年から始まった雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)の噴火で有名になった現象で、本来ならば上空に立ち上っていくはずの火山の噴煙が、何らかの理由で十分な浮力を得られないまま、地表をはうように流れ下る現象である。火砕流の実体は火山灰や小石まじりの高温のガスであり、自動車並みかそれ以上のスピードで流れるために避難が難しく、巻きこまれたら焼け死ぬ恐れのある非常に危険な現象である。
雲仙普賢岳で起きた個々の火砕流が一度に噴出したマグマの量は、多くても100万立方メートル程度であった。しかし、破局噴火では、その一万倍から十万倍にあたる100億から1000億立方メートルほどのマグマが一度に火砕流となって噴出する。火砕流の流れる距離は、雲仙普賢岳では長くても火口から4キロメートルほどであったが、破局噴火の場合は火口から100キロメートル以上にまで達した例も確認されている。実際に、8万7000年前に阿蘇(あそ)カルデラで起きた破局噴火では、九州の北半分と山口県の一部が巨大な火砕流に焼きつくされ、そこにいた生物がほとんど死滅するという事態に至った。
前回も述べたように、破局噴火は非常にまれな現象であり、日本全体で見ても1万年に1度程度しか起きていない。このため、その存在や実態は火山学者だけが知っていたと言ってもよい。しかし、最近になって作家の石黒耀(あきら)さんの手によって近未来の破局噴火をテーマとした小説「死都日本(しとにっぽん)」(講談社刊)が書かれた。この小説では、南九州の霧島付近にある加久藤(かくとう)カルデラの巨大噴火が、まるで見てきたように生き生きと表現され、とてつもない災害への対応に追われる日本や他の国々の混乱ぶりがリアルに描かれている。
その後「死都日本」は漫画化され、週刊少年マガジン誌上で「カグツチ」というタイトルで現在も連載中である。ぜひ一読をお勧めしたい。
近未来の九州で起きる巨大噴火を描いた小説「死都日本(しとにっぽん)」。