伊豆新聞連載記事(2007年9月30日)

伊豆の大地の物語(5)

仁科層群の時代(3)奇怪な岩質

火山学者 小山真人

 伊豆半島最古の地層である仁科(にしな)層群は、かつての海底火山の一部が陸上に姿を現したものであることを前回までに述べた。同じような海底火山の地層は、伊豆半島の他の時代の地層中にも数多く見られるが、仁科層群の中に含まれる火山岩は、伊豆の他の地層に含まれる火山岩と明らかに異なる特徴をもっている。
 まず、仁科層群の火山岩は、ほとんどが無斑晶質(むはんしょうしつ)の玄武岩である点が挙げられる。斑晶とは、岩石中の大きめの結晶のことであり、無斑晶質というのは斑晶をほとんど含まないことを言う。たいていの火山岩は斑晶をもつ。もちろん無斑晶質のものもあるが、仁科層群のようにかなりの広さと厚さにわたって無斑晶質というのは異様である。
 2つめの肉眼的特徴としては、緑灰色地の岩石表面に黒緑色の小斑点を多数含む点が挙げられる。通常、マグマが地表に噴出する際には、中に溶け込んでいたガス成分が気化して気泡がたくさんでき、冷え固まった後にそのまま岩石中に残る。新鮮な火山岩中の気泡は空洞であるが、温泉水などによる変質を受けると、気泡の中に変質鉱物がつくられる。仁科層群の場合は下地をなす岩石そのものの変質も進んでいるため、岩石全体が緑色を帯びている。そしてその岩石中に、かつての空洞を変質鉱物が埋めた黒緑色の斑点が多数できているものが多い。逆に、この特徴をもつ岩石が見られた場合、その起源が仁科層群と判定できるほどである。伊豆では、この岩石が温泉宿の湯船や洗い場の敷石として利用されている例を時おり見かける。
 肉眼的な特徴だけでなく、化学組成の上からも仁科層群の火山岩は特異である。岩石の化学組成を調べることによって、その岩石が地球上のどのような場所で作られたものであるかを、ある程度推定できる。仁科層群の火山岩は、他の伊豆半島および日本列島の火山岩よりもマグネシウムなどの成分に富み、通常のプレート沈み込みによって発生したマグマが起源ではないと考えられている。どうやら仁科層群は、日本列島の南に広がる四国海盆(かいぼん)がプレートの拡大によってできた時に、伊豆で起きていた火山活動の一部もその影響を受けたことを物語っているらしい。

 

仁科層群の分布する範囲。


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